第9話 悪役貴族、ダンジョンに潜る ③
彼はひととき言葉を失ったが、すぐに白い歯を見せてもとの調子に戻る。
「ラッキー! ちょーレアアイテムじゃん! まさかこんなところでお目にかかれるなんてな!」
躊躇なく宝石を掴むと、エリシアはぎょっとしてあとずさった。
「なに触って――」
「大丈夫。持ったくらいじゃ何も起こらないって。たぶん」
ゲーム『聖愛のレガリア』内で手に入ると言われてるアイテム。
トゥルーエンド到達に必要であると噂され、多くのプレイヤーが血眼になって探し求めたアイテムである。
効果は不明。使用できるのかも定かではない。
ただ一つ分かっていることは――。
「こいつはな、『因果を逆転する』ってシロモノだ」
「どうしてそんなものがこの低階層に……」
「そんなのどうでもいいって! こりゃ配信にのせないと!」
マルスはプレートを確認する。
こんなレアアイテムを発見したというのに、未だにコメントはない。
「あ……」
そこでようやく気付く。
「配信されてなかった」
「はぁっ?」
さしものエリシアも素っ頓狂な声をあげた。
「いや、なんかエラー? みたいなの出てる」
「ちょっと見せてください」
エリシアはプレートをひったくると、まじまじと表示を確認する。
「マナ認証ができてないじゃないですか」
「マナ認証? ああ、アカウント登録みたいな」
「ポンコツですね」
「仕方ないじゃん。アカストは初めてなんだから」
マルスは改めてアプリのマナ認証を行う。
個人のマナには独自のパターンがある。それを用いて、偽造不可の識別登録をするのがマナ認証である。
「できたできた。じゃあ、改めて配信開始するか」
「はぁ……私の緊張を返してください」
「やっぱり緊張してたんだ」
エリシアの肩パンがヒット。
マルスは意に介さず、フォローカムを見上げる。
「もう一度挨拶から――」
その瞬間、宝箱の蓋がひとりでに閉じた。
空気が一変する。
「え?」
頭上から、ズズズ……と地響きのような音。
「上に何かいます!」
見上げた先、ドーム状の高い天井に張り付いていたのは、金属の翼を持つ巨大な獣。蒸気機関のように白煙を吹き出しながら、その頭部には王冠のような意匠が浮かんでいる。
牙は鋼鉄。体躯は山のよう。明らかに、メカ・スパイダーとは格が違う。
「まさか、階層主? これは逃げた方が……」
「エリシア待ってくれ!」
「なんですか!」
「挨拶は?」
「バカですかあなたは! バカでしたね!」
エリシアは鉄の棒を放り出し、一目散に逃げ出していた。
当然だ。階層主――ボスモンスターは、ダンジョン初心者が敵う相手ではない。
長年の視聴者である彼女は、ボスモンスターに挑んで散っていった配信者達を数え切れないほど見てきたのだ。
「エリシアはシャイだなー」
マルスは笑いながら、今度こそプレートの「配信開始」ボタンを押すのだった。




