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第84話 悪役貴族、理不尽にまみえる ②

 緋々色の騎士。

 高難度アクションゲームの『聖愛のレガリア』において、理不尽の象徴と言われる存在。

 物語中盤以降。主人公ティアナが封印を解いたことがきっかけとなり、ワールドマップを徘徊するイベントボスである。リアルタイムで移動し続け、プレイヤーが遭遇すると奇襲をしかけてくる。


 その強さは本編のラスボスを凌駕しており、熟練のプレイヤーですら手も足も出ずゲームオーバーになるほどだった。

 多くのプレイヤーが緋々色の騎士の討伐にチャレンジしたが、成功報告はなし。攻略方法は遭遇しないこと。遭遇したらなりふり構わず逃げること。それがプレイヤー達の共通認識だった。


(まじかよ。こいつはダンジョンに固定配置されているような奴じゃねぇだろ)


 マルスは息を吸って、言葉を選ぶ暇もなく口を開いた。


「……いったん戻ろう」


 あまりに唐突な提案に、空気がふっと緩んだまま止まる。


「はぁ? なんでよ?」


 リサが振り返る。驚きと苛立ちが混じった声が、乾いた床に硬い石が落ちるみたいに響いた。


「見た感じ、ここが最後なんでしょ。あのボスを倒して、宝箱を調べるだけじゃない」


 確かにそうだ。ここが最後なのは間違いない。

 リサの言い分もわかる。第六層まではどんなボスが現れても、容易く討伐してきた。だからこそ最終層も同じように攻略できるはずだと。


 だが、違う。

 緋々色の騎士だけは、違うのだ。


「リサ。それ以上近づくな」


 マルスは早口で言う。命令ではなく、懇願に近い声。


「なによ」

「あいつは危険だ。一度戻って立て直した方がいい」


 リサは鼻で笑う。攻略速度を重んじていたマルスが急に慎重になったことがおかしかったようだ。


「いまさら怖気づいたっていうの? だったらそこで待ってなさいよ。リサが取ってきてあげるから」


 言いながら、彼女は歩き出していた。


「おいっ!」


 マルスが手を伸ばすが、空を切る。

 この時ばかりは、エリシアもブリジットも「何をそんなに警戒しているのだろう」と感じていた。

 ここに至るまでの驚異的な成功体験が、彼女達の危機感を麻痺させていた。


 リサが進んだのは、たったの数歩。

 そこが境界線だった。

 ギ、と金属が擦れる音。

 それは呼吸のように短く、しかし室内の空気を一瞬で凍らせる。


 騎士の兜が、わずかに傾いていた。

 マルスの背筋が刺されるように硬直する。

 〝俺〟は、あの反応を知っている。


《お? 動いた?》

《さっさと倒しちまえよ》

《マルスなら楽勝でしょ》


 無責任なコメントも、すでに彼の耳には届いていない。


「リサ下がれッ!」


 緋々色の騎士は玉座から立ち上がるのではなく、残像を残して消えた。

 次の瞬間、リサの目の前に。

 間合いという概念がない。距離を詰める動作が省略されている。ゲームで味わった理不尽な加速。現実では瞬間移動にも等しい。

 剣を抜く音すらしない。刃が空気を裂く音すらも。


「うぁ――」


 リサが反射で身を捻る。

 だが、時すでに遅し。

 音もなく、リサの身体が吹き飛んだ。

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