第83話 悪役貴族、理不尽にまみえる ①
第七層へと続く扉は、いままでのどの扉よりも分厚かった。
鈍色の金属ドアはひとりでに、左右に別れて滑るように開く。
直後、冷たい風が吹き抜けた。湿り気のない燃え尽きた火床のような匂い。
「うっし。行こっか」
マルスはエリマルくんを肩に担ぎ、軽やかな足取りで先に進む。他の三人もそれに続いた。
第七層は迷宮ではなかった。眼前に広がるのは、だだっ広い大伽藍。
巨大な空間に、古めかしい石畳が敷かれている。分岐はない。罠の気配もない。
「階層主の間だけ、か」
ブリジットが思案するように呟く。
「となると、ここが最終層か?」
「ああ。たぶんね」
広大な長方形の間。天井は高く、闇の中に梁がうっすら見える。壁面には古い旗の残骸、砕けた彫像、黒ずんだ燭台。床には細い亀裂が蜘蛛の巣のように走り、そこから薄い霧のような魔力が滲んでいた。
「なんか、さっきまでとは雰囲気が違うわね」
リサが見上げる風景は、彼女がアカデミー時代に学んだ近代の城に近似していた。
第六層までは金属と電気、機械にまみれた古代文明の趣であった。それに対し、第七層は一昔前の聖国の遺跡といった様子だ。
「構造変化が起こったのでしょうか? でも、それにしては……」
エリシアの言葉が止まる。
広間の奥に鎮座するあるものを目にしたためだ。
それは、赤い玉座だった。
血のように暗い赤は、錆ではない。光を吸い、なおかつどこかで脈打つような色。玉座そのものが生きているように見える。
そこに座すのは、大柄な甲冑の騎士。
ひじ掛けに両腕を置いたまま深く腰掛けており、動き出す気配はない。
玉座の色とは違い、燃え盛る炎のような鮮やかな赤い鎧兜。装飾がほとんどないにもかかわらず、芸術品のように疵一つなかった。流線形のシルエットには、華やかさとは違う機能美がある。面頬の隙間から覗く闇は、覗き返されているように錯覚するほどに暗かった。
「あれが階層主……なんだか普通ね」
リサの見立てでは、身長二メートルほどだろうか。
これまで倒してきた機械の大型モンスターと比べれば、威圧感は皆無に等しかった。
「皆さん。あれを見てください」
何かに気づいたエリシアが、玉座の奥を指す。
これ見よがしに、宝箱が置かれていた。
黄金の縁取り。蓋には古い印。目を引くためだけに存在しているみたいな分かりやすさ。
《宝箱!》
《露骨すぎるだろww》
《霊薬が入っているのかな?》
フォローカムが宝箱を映すと、コメント欄が一層盛り上がる。
「見つけたっ。絶対あれでしょ。黄金病を治す霊薬」
リサの声がかすかに弾む。言葉の端に抑えきれない期待が混じった。
「うむ。ここまでめぼしいドロップはなかったのだ。考えられるとすればあの箱だろう」
「村長のお話が真実なら、という前提ですが……可能性は高いと思います」
ブリジットとエリシアの顔にも笑みが浮かんでいた。
スージーの喜ぶ顔が脳裏に浮かんでいるのが、少女達の呼吸から伝わってくる。
マルスだけは違った。
喉が乾く。さっき水を飲んだはずなのに。
背中の傷が疼く。違う、これは傷の痛みじゃない。
もっと深いところで、嫌な予感が鈍く鳴っている。
(……緋々色の騎士。なんで、こんなとこに)
気付けば、マルスは足を止めていた。




