第82話 悪役貴族、自覚する ③
リサの表情は険しい。怒っているというより、困惑と警戒が入り混じったような顔だ。
「自覚はあるよ。自分でも、ちょっと感覚ズレてるなって思う」
「ちょっとどころではありません」
即答したエリシアに、マルスは苦笑する。
《薬草生える》
《エリシアちゃんってマルスには当たり強いよな》
《仲いいんでしょ》
コメント欄が楽しそうに流れていくのを横目に、マルスは床に腰を下ろした。
背中を壁に預け、天井を仰ぐ。
(ゲームだと、何度死んでもやり直せた。でも、現実はそうじゃない。この世界に生きる人達は、命が一つしかない現実を生きてるんだ)
彼にとってもここは現実だ。だが、マルスに憑依してしばらく経った今も、ゲームをプレイしているような感覚を拭えない。
〝俺〟とそれ以外とでは、生きるという行為そのものが根本的に違っている。
「俺のやり方が掃討じゃないってのはわかった。でも、今回はそれでいいんだ」
黄金病に侵された少女の顔が脳裏をよぎる。
猶予はない。慎重にやって間に合わなかった、では済まされない。
「それに、俺にとっちゃこのやり方が一番安全だしね」
「そんなわけないでしょう」
「マジマジ。こっちの方が慣れてるもんで」
スミレ色の瞳がじっとマルスを射抜く。無茶をするなと言ったばかりなのに、と言いたげな目つきだ。
マルスは唇を尖らせて目を逸らす。
「だが、後ろから見ていても危なっかしさはなかった。存外、マルスの言う通りかもしれんな」
《そうなんですか?》
《だんちょーから見てもそう思う?》
「ああ。戦場においては慎重すぎるのも考えものだ。時には勢いで押し切ることも立派な兵法だろう」
「なー? やっぱ鈴音の騎士様はわかってるー」
ふふん、としたり顔を浮かべるブリジット。
彼女がマルスに全幅を信頼を置くのは理解できる。それでもエリシアは、一抹の不安を拭えなかった。
マルスの能力は常軌を逸しているが、無敵というわけではない。ほんの数日前に、エリシアは目の前で彼が死にかけるのを見た。
何かの拍子に、またあのようなことが起こらないとも限らない。
そうでなくとも、背中の傷は塞がったばかり。今だって痛みを我慢しているはず。
「……あなたがそれでいいなら、もう何も言いません。でも、これだけは約束してください。必ず生きて帰ると」
マルスは一瞬だけ言葉に詰まり、それから真剣な顔で頷いた。
「ああ、約束する。無事に帰って、みんなでスージーの完治を見届けよう」
「信じます」
それまで淡々としていたエリシアが、ふわりと微笑みを浮かべる。
思わぬ変化に、マルスはなぜか目を逸らしてしまう。
《尊い。てぇてぇじゃなくて尊い》
《なんだかんだ信頼してるんだよなぁ》
《わたくしも! わたくしもマルス様を心から信じておりますわ!》
フォローカムが賑やかに映し続ける中、第七層へと続く巨大な扉が重々しい存在感を放っていた。
休息は、もうすぐ終わる。
古塔アルヴェリス攻略は、最終段階へと進もうとしていた。




