第80話 悪役貴族、自覚する ①
マルス達が第六層の攻略を終えたのは、ダンジョンアタック開始からおよそ二時間後のことだった。
第七層へと続く巨大な扉の手前には、半円形の広間が設けられている。長丁場のダンジョン攻略において、数少ない完全な休息が許されるセーフゾーンである。
「ふー。さすがにちょっと喉乾いたな」
マルスは壁に背を預け、水筒を煽った。
息は整っている。汗もほとんどかいていない。
「……疲れました」
エリシアが言いながら、その場に腰を下ろす。
「マルス。この辺りで小休止を取るべきではないか」
「だな。ちょっと休憩しよう」
ブリジットの提案に、水を飲み干してから答えるマルス。
リサは少し離れた場所で、立ったまま黙り込んでいた。
その様子を、フォローカムがぐるりと回り込みながら映している。
《二時間で六層とか、早すぎるんだよなぁ》
《普通ここで一泊するとかじゃないの?》
《初見でこのスピードはイカれてる》
コメント欄は、いまだ興奮冷めやらぬ様子だった。
それを聞いたマルスは、どこか悔しそうに呟く。
「二時間かー。思ったよりかかっちゃったな」
「なにバカなこと言ってるんです」
エリシアが小さく首を振る。
「第六層といえば、低難度のダンジョンでもひと月はかかります。そもそもダンジョンの踏破自体、前例は数えるほどしかありません」
「え、そうなの?」
マルスは本当に意外そうな顔をした。
ゲームなら、六層くらいほんの数十分で駆け抜けられる。ある程度ゲームに慣れたプレイヤーには当たり前のことだった。
「ひと月の道程をわずか二時間……」
感慨深そうに唸るブリジット。
「やっておいてなんだが、にわかには信じがたいな」
「普通はもっと時間をかけるんです。探索者の目的は、踏破そのものではありませんから」
「どゆこと? ダンジョンは踏破してなんぼじゃないの?」
「ちがいます。財宝や希少素材、魔導具の回収。それが本来の目的です」
《そうだそうだ》
《生業だからね。稼がないと意味ない》
コメント欄にエリシアへの同意が流れる。
一層一層を丁寧に調べ、宝箱や隠し部屋を探し、財になるものを持ち帰れるだけ持ち帰る。それが探索者の基本だ。
「モンスター討伐だってドロップ狙いです。危険を冒すのは見返りがあるから。でしょう?」
「あー……そういう」
「ダンジョン攻略は命がけ。本来は安全を確保しながらじっくり進むんです。速さのみを追求する攻略なんて聞いたこともありません」
全員の視線がマルスに集まると、彼は思わず後頭部を掻く。
「たしかになぁ」
アイテム回収の価値も、その楽しさも〝俺〟は知っている。
ゲーム一週目では、時間をかけて隅々まで探索したものだ。
「でもさ。今回の目的は霊薬なんだから、最速で深層行くのが正解じゃない?」
配信開始時にも言ったように、悠長に探索している場合ではないのだから。
《そうなんだけどね! そうなんだけど!》
《できないから皆やんないのwww》
《理屈はわかる。理屈は》
プレート上に流れるコメントを読んで、マルスは得心した。
人は未知の危険を恐れる。モンスターやトラップだけではない。道迷い、物資の枯渇、突然の体調不良――不測の事態はいくらでも起こりうる。
ゆえに危機を想定し、情報を集め、備えに備えて慎重に進む。成果を持ち帰ることこそがダンジョン探索の前提条件なのだ。




