第78話 悪役貴族、鉄巨人の討伐完了!
(やっぱりこいつもゲームと同じ。モーションもタイミングも、寸分違わない)
連続した『ジャストガード』によってバランスを崩したアイアン・ゴーレムは、完全に動きを止めている。
マルスが狙う『とどめの一撃』は、『ジャストガード』によって行動不能に陥った敵にのみ発生する追撃システムだ。
成功すれば、たとえボスであろうと体力ゲージを半分以上まとめて消し飛ばす。
一撃で戦況をひっくり返す、あまりにも理不尽な威力。
ゲームバランスの崩壊を防ぐため、『ジャストガード』の入力猶予は異例の調整がなされている。
多くのプレイヤーは、『ジャストガード』を狙おうとすらしない。
狙って成功させられるような代物ではなく、まれに発生する幸運として受け取られている。
だが〝俺〟は違った。
気の遠くなるようなやり込みの果てに、いかなる敵のいかなる攻撃に対しても、百発百中で『ジャストガード』を成功させる域に達していた。
彼はプレイ時間の半分以上を『ジャストガード』の練習に費やしている。
偶然を必然に変える狂気じみた執念。
イレギュラー。
それこそが〝俺〟というプレイヤーの本質だった。
《転ばせたのはすごいけど……こっからどうするん?》
《それな。あの鉄の棒じゃ何もできないだろ》
《でもマルスだしなぁ》
マルスは頭部の正面まで来て立ち止まる。
ゴーレムの顔面装甲は、厚い鋼板と複数の補強梁で組まれた要塞だ。生半可な攻撃では傷ひとつつけられない。
「ねぇ! なにするつもり!」
リサが追いかけてくる。彼女にはマルスの意図がまったく読めなかった。
「ほい」
エリマルくんの先端で、鋼鉄の頭部を小突く。
――ダァンッ!
緩慢な動きからは想像もできないほど圧のある打撃音。
マルスの何倍もあろうかという頭部が、砕け散った。
鋼板と補強梁で組まれた要塞が、まるで飴細工のように。
内部からガラス玉のような単眼が飛び出てきて、数回跳ねてから床をごろごろと転がり、赤い光を失う。
「えっ?」
再三、言葉を失うリサ。
喉を開いたまま、息だけが浅く漏らす。
《きゃあああああマルスさまぁっ!》
《やりおった……》
《ダンジョン攻略史に残る快挙じゃね》
《毎度歴史に爪痕を残すな》
《探索者歴十年の俺でも理解できないんだが》
コメント欄に激流。
エールフレアの嵐が巻き起こる。
灯される輝きを呆然と眺め、リサは全身から力が抜けるのを感じた。
「終わり、なの?」
「そうそう」
マルスは悪戯っぽく笑って、エリマルくんを構え直すでもなく、またつんと残骸を突いた。
そこから全身のフレームが自壊を始める。首から胴へ、胴から四肢へ。
頭を失ったという情報が全身へ伝播するように、装甲の継ぎ目が順に軋み、ボルトが弾け、ケーブルが火花を散らしながら千切れていく。
やがて四十メートルの精巧な戦闘機械が、ただの物体に変わり果てた。
マルスは崩れた頭部の前にしゃがみ、朽ちゆく残骸を覗き込む。
「ドロップなし、か。こいつが霊薬持ってたら楽だったんだけど」
落胆した様子で呟き、立ち上がる。
「まーいいや。次行こっか」
あまりにも軽い一言だった。
まるで路傍の小石を蹴り払っただけのような調子。
「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
我に返ったリサが声を張り上げる。
「今のっ、今のは何なの! 城壁よりでかい化け物がっ……一発で!」
マルスは振り返りもせず、肩越しに答える。
「ま、こいつはギミックボスみたいなもんだし、こんなもんでしょ」
リサの頭が理解を拒む。
自分が今まで積み重ねてきた常識、騎士として叩き込まれた強さの定義が、音を立てて崩れていく。
「見事なものだな」
マルスの隣に並んだブリジットが興奮気味に言う。
「感服した。超大型の階層主をこうも容易く討伐するとは」
誇張も世辞もない。ただ事実を認め、称える声音だった。
「だが……一体どういう術理なのだ? あれほどの重量差を正面から打ち返せるものなのか? わたしも古今東西の剣技を修めたつもりだが、そなたの剣筋は見たことがない」
「フツーにやってるだけだよ。めちゃくちゃ練習したってだけ」
「普通?」
「そ。フツー」
「いやしかし……」
そんなやり取りを傍で聞きながら、エリシアは特に驚きもしていなかった。
彼女の視線はすでに第三層への扉へと向いている。
「エリシア。そなたはどう思う?」
「もう慣れました」
エリシアは淡々と。
「この人が常識外れなのは今に始まったことではありませんし。ひとつひとつ考えていたらキリがありませんので」
「お、エリシアが褒めてくれるなんて珍しいじゃん」
「褒めてません」
先ほどの戦闘でエリシアの心が大きく揺れることはなかった。
今まで何度も驚かされてきたし、今回も「ああ、またか」という納得が先に立ってしまったからだ。
リサだけが、その場に取り残されたように立ち尽くしていた。
理解不能なものに対する、本能的な畏怖。
アイアン・ゴーレムを前にしたときの恐怖とはまったく質の違う感情だった。
マルスの力は、理の外にあるような気がしてならない。
「どしたー? 置いてくぞ」
何でもない一言に、リサは肩を震わせ、ぎゅっと剣の柄を握り直した。
「……すぐ行くわ」
力を誇るでもなく、勝利に酔うでもない。達成感すら微塵も見せない。
そんなマルスに対して、リサは強烈な恐怖を覚えていた。
(やっぱりあいつは異端者なんだわ。お姉様も、エリシアさんも、どうしてもっと不思議に思わないの? あいつのやってることは、どう見ても異常なのに)
得体の知れない危機感と不安を抱きながら、リサは遅れて歩き出す。
ふと、前を行くブリジットの背中が目に入る。
堂々とした立ち姿。揺るぎない信念を宿した、騎士の背中。
(お姉様は……あいつを本当に信じるつもり?)
敬愛する従姉の心が、わからない。
だが、リサの中ではすでに結論が出ていた。
(リサは絶対に信用しない)
たとえ今は共に戦う立場でも。
マルス・ヴィルは、世の理から外れた存在だ。
(異端者を、野放しにはしない)
それが聖国騎士としての務めなのだと、自分に言い聞かせて。
恐れと警戒を胸に押し込め、リサは重い足取りで、第三層へと踏み込んだ。




