第76話 悪役貴族、RTAを走る
配信開始直後はかなりの駆け足だった。
メカ・スパイダーを蹴散らしながら第一層を駆け抜け、無人のボス部屋を通過。
第二層に敷設されていたトラップはマルスが解除済みであるし、スティール・ウルフの群れも幾分か大人しくなっていた。
「このあたりは一昨日までに攻略済みだからサクサクだな。二層のボス部屋からが本番だ」
パーティを牽引して先頭を走るマルスは、息も切らさずフォローカムとお喋りしている。
《モンスターとかトラップって復活するんじゃなかった?》
《どれくらいで元に戻るんだっけ?》
いつも通り、コメント欄も盛り上がっている。
「ギルドの発表だと数日から数週間って話だったな。ダンジョンによってムラがあるみたいだけど、今んとこリポップする気配はなさそう」
ダンジョンは一定の周期で変化する。
内部の環境や構造が大きく変わる場合もあれば、トラップが新たに配置されたり、生息するモンスターの種類が変わったりすることもある。
とはいえ、構造変化にはダンジョンごとに傾向があるようで、ある程度の予測可能とのこと。
「造りが変わると霊薬の位置も変わるからな。そうなるとまたイチから探索し直しだ。攻略を急ぐのはそういう意味もある」
マルスはRTAの経験から、最大効率の攻略方法を心得ていた。
すなわち、常にダッシュ。そして先手必勝である。
兵は拙速を尊ぶと言うが、それはアクションゲームにおいても同じだった。
「リサ!」
ボス部屋直前の通路で、スティール・ウルフの群れを見つける。
「罠はない! ツッコめ!」
「言われなくても!」
マルスの合図より早く、リサは剣を抜き放つ。
十数メートルの距離を一息に詰め、目にも留まらぬ剣捌きで数体のウルフを一挙に斬り刻む。
一呼吸で、群れは跡形もなく消え去った。
《やっべぇ》
《あの狼って危険指定種やんな?》
《いらない子とか言って悪かった》
読み上げられたコメントに、リサの口角が上がる。
「これくらいフツーよ。フツー」
そう言って剣先を軽く払うリサの横を、マルスは止まらずに駆け抜ける。
「ナイスゥ。その調子」
「あ、ちょっと!」
リサの卓越した絶技について、マルスはほとんど言及しない。
リサはこれくらい出来てあたりまえ。それがゲームをやり込んだプレイヤーとしての感覚なのだ。
「お見事です。リサ様」
代わりにエリシアが称賛する。
「……ありがと」
リサは気まずそうに、だがどこか満更でもなく剣を鞘に納める。
エリシアはリサとの一件をすでに水に流している。今朝の決闘でリサは十分な報いを受けたと、そう考えていた。
「ゆくぞリサ。マルスに遅れるな」
「は、はいっ!」
ブリジットに促され、リサは再び走り出す。
彼女達がマルスを追いかけた曲がり角の先。空気の質が明確に変わった。
湿り気を帯びた重い気配。魔力が澱のように溜まり、呼吸するだけで喉がひりつくようだ。
通路の奥には大扉。ほのかに光る紋様が迷路のように刻まれ、招かれざる客の到来を今か今かと待っている。
「ボス部屋だ!」
マルスは駆ける速度を落とさず、嬉々として告げた。フォローカムも追随する。
《もうついた!》
《早すぎて薬草》
《ここでしっかり準備を整えるのが一流の探索者》
リスナーのコメントを、一笑に付すマルス。
「休憩なんてあとあと。突入しまーす」
その勢いのまま、彼は大扉に跳び蹴りを放つ。
プロレスラー顔負けのドロップキック。マルスの類稀な身体能力がいかんなく発揮され、金属製の分厚い扉が勢いよく開いた。
ボス部屋に飛び込んだマルスは、身を翻してスライディング気味に着地する。
次の瞬間。
金属と金属が擦れ合う、耳障りな重低音が第二層に波及する。あまりにも大きく、異質な響き。
(この音……! なに――)
通路でそれを聞いたリサの顔が青ざめ、足が止まりそうになる。それでもリサは、与えられた任務を忠実に遂行すべく自らの心に鞭を打った。
(これ以上お姉様のお顔に泥は塗らない! エリシアさんに言われた、正しく強い騎士になるためにも!)
マルスに続いて、階層主の間に飛び込む。
視界が開けた。
広い。第一層のボス部屋よりさらに広大で高い天井のドーム構造。屋内とは思えないほどの空間だ。床一面は黒鉄色のプレートで覆われ、壁面には巨大な電子機器類がびっしりと埋め込まれている。
「……うそでしょ?」
思わず、リサの口から絶望の声が漏れる。
ボス部屋の中央に、それは立っていた。
見上げるような人型。胴体は分厚い鋼板で覆われ、関節部には無数のピストンとケーブル。肩から伸びる両腕は丸太のように太く、部品のひとつひとつが夥しい質量を持っている。
ボディのところどころで歯車やレールが剥き出しになり、漏電して火花を散らす太いワイヤーまでもが露出していた。
「なんなの……コイツ」
「アイアン・ゴーレム。やっぱ実物はでかいなぁ」
反射的に柄を握るリサの隣で、マルスはまるで動物園でキリンを見たような感想を述べる。
「大きいってレベルじゃないわよ……!」
生身の人間が敵うサイズではない。
そもそも戦うという発想自体が間違っているような存在感だった。
《一層のボスより強そう》
《またマルスの神回避が見られるのか》
《ついに異端魔術を拝める?》
コメント欄がにわかに活気づく。
遅れて、エリシアとブリジットが階層主の間に踏み込んだ。
「これは……!」
「なんとも威圧的だな」
その時。
アイアン・ゴーレムの頭部にあたる部分が、マルス達を見下ろした。仮面じみた装甲で覆われた赤い単眼が不気味な光を放った。
リサの額に冷や汗が浮く。
「こんなのと戦うの……? 聖都の城門より大きいわよ?」
「全高四十一メートルだったかな? もはやスーパーロボットなんだよなぁ」
マルスは設定集の情報を思い起こしながら、暢気に腕を組む。
「あれ? もしかしてリサって、ボスモンスター見たことない?」
リサは肯定も否定も口にしなかったが、沈黙がそのまま答えになっていた。
治安維持や国家兵力を担う騎士の多くは、主に対人戦の訓練を積んでいる。想定されるモンスター戦も、せいぜい十メートル級まで。
それ以上の大型モンスターの捕獲や討伐は、ダンジョン探索者などの専門家の領分だ。
ゆえに高難度ダンジョンのボスモンスターに対応できる騎士は、聖国全体を見てもごくわずかである。
リサは柄を握りしめたまま止まっていた。足がわずかに後ろへ引けている。
剣を握る手に力は入っているのに、踏み出す決断だけが遅れていた。
だが。
「行くっきゃないでしょ!」
深く息を吸い、剣を水平に据える。
乾坤一擲。『スティンガー』の構え。
床が爆発するような踏み込みが、リサの姿をかき消した。




