第75話 悪役貴族、大口を叩く ②
エリシアがプレートを操作すると、フォローカムに録画中であることを示す赤い光が宿る。
《きたぁっ!》
《やっと始まった。おせーよ》
《マルス様のご尊顔!》
同接数のカウンターが二次関数的に増加し、コメント欄に激流が生まれる。
「待たせたな諸君。辺境系男子マルス・ヴィルのお時間だ。昼の配信でも伝えた通り、今夜から企画を進めていく。名付けて【黄金病に苦しむ娘を救え! アルヴェリスに眠る霊薬探索!】だ。詳細は概要欄に置いとくから、初見の奴らは目を通しとけよ」
フォローカムが四人の周囲をゆるやかに旋回し、夜の古塔と月明かりを背景に映像を切り取っていく。
コメントの流れはすでに滝のようだ。
《本当に見つかったら歴史に名が残るレベル》
《黄金病ってなに?》
《支援》
配信開始からエルフレが灯り、古塔の陰を彩っていく。
マルスは投げ銭に対する感謝を述べてから、ブリジットとリサを手で示した。
「今回はグロワール騎士団との協同ってことで、ブリジット・ラ・フェエリテ団長と従騎士リサ・ヴァーミリオンが同行してくれる。豪華なパーティだろ?」
フォローカムが二人の女騎士を抜く。
「よろしく頼む」
「……よろしく」
ブリジットは堂々とし、リサは居心地悪そうに肘を押さえている。
《鈴音の騎士いるなら楽勝だろ》
《リサって、今朝の従騎士?》
《そのガキはいらない子だろ》
リサに対する意見は厳しいものが多く、彼女は眉を寄せて俯く。
それに反論したのはマルスだった。
「黙れ黙れ。俺が来てくれって頼んだの。言っとくけどリサはマジで強いからな」
《お前が言うなwww》
《メタクソにしてたやん》
「あれは俺が強すぎただけ。決してリサが弱いわけじゃねーのよ」
《それはそれでうざいwww》
マルスはリサを庇ったわけではない。自分の選択にケチをつけられるのが気に入らないだけだ。
だがリサは――認めたくはないが――ほんのわずかな嬉しさを覚えていた。マジで強い、と明言してもらえたからだ。
「はいはい。作戦を説明するぞ。今夜は火力に振り切ったパーティで、アルヴェリスを一気に攻略する。俺がポイントマンとして索敵とトラップ解除をやる。リサは俺のすぐ後ろで戦闘に備える。エリシアはサポートと配信作業。ブリジットは最後尾でエリシアの護衛と後方警戒を担当する」
《一気に攻略って言うけど、どこまで行くんですか?》
「全部だ。今夜中にアルヴェリスを制覇する」
《は?》
さも当然のように言い切ったマルスに、コメント欄が荒れ始める。
《ダンジョンってそんな簡単に制覇できるもん?》
《無理だろ。難度Dでも数か月はかかるって聞いたぞ》
《アルヴェリスがどれだけ深いか知らないけど、一晩で制覇とか舐めてる》
リスナーの中には探索者やダンジョン・ギルドの関係者も少なくない。そういう者達にとって、マルスの発言は顰蹙を買うものだった。
《流石に冗談だよな?》
《盛ればいいってもんじゃないぞ》
《バズ目当ての発言だろ》
コメント欄は、ビッグマウスを揶揄する流れになっていく。
「いや」
ところが、当のマルスは大真面目だった。
「スージーの余命は長くない。チンタラやってたら時間切れだ。サクッと攻略して、探索に時間を取る」
いつものような軽い調子は一切ない。
それがリスナーの期待感を煽った。
あのマルス・ヴィルなら、もしかしたらやってくれるかもしれない。
初配信から垂れ流し続けた数々の偉業が、大口に真実の響きを持たせている。
「必ず霊薬を見つけてスージーを治してみせるからよ。リスナー共、首を洗って待っとけ」
不敵な笑みを浮かべ、フォローカムにエリマルくんを突きつけるマルス。
《なんで俺らが覚悟決めるんだよwww》
《怖いわwww》
《首を綺麗にしてお待ちしておりますわ!》
マルスはアルヴェリスの入口である黒い空洞に足を踏み入れる。
「行くぞ。ここから先は、まばたき禁止だ」
その背中が闇の中に消える。
リサは一瞬だけ躊躇ってから、後を追って空洞に身を投じた。
プレートを握り締めるエリシア。
(治してみせる……か)
その言葉を反芻する。
本心とは裏腹に、マルスは英雄を演じている。
それが結果的に自他共の利益に繋がると信じているから。
(信じてみよう。私を救ってくれた、彼を)
ブリジットの手がエリシアの背中に触れる。
「ゆこう」
「はい……!」
二人は同時に、アルヴェリスの内部へと進入した。
この夜。
同接数十万の視線が、やがて語り継がれる始まりの瞬間を、確かに見届けることになる。




