第74話 悪役貴族、大口を叩く ①
夜の帳が完全に下りた頃。
村の外れにそびえる古塔アルヴェリスは、静まり返った闇の中に沈んでいた。
月明かりに照らされた塔は、かつての威容を失い、いまや忘れ去られた墓標のようだ。
塔の手前。崩れた石畳の広場に、二つの集団が分かれていた。
一方は、探索の準備をする騎士達。
副官が指示を飛ばす中、簡易的な野営灯と陣が展開され、緊張感のある声が行き交っていた。
そしてもう一方。
これからダンジョンに潜る先行部隊である。
マルス、エリシア、ブリジット、リサ。
四人は入口の前に立ち、最後の準備を整えていた。
「お姉様。やっぱり四人だけっていうのは、心許ないんじゃ……」
リサが小さく呟く。
革鎧の留め具を確かめながら、ちらりとブリジットを見上げた。
「人数が多ければいいというものでもない。マルスの記録を見ればわかるが、アルヴェリスの内部構造はいくつかの大部屋と、それを繋ぐ狭い通路で構成されている。いわゆる迷宮型だ」
ブリジットが手にしたプレートには、先ほど行った作戦会議の概要と、ダンジョンアタックの心得がまとめられている。
「大人数では前後が詰まって連携が崩れ、退路も確保できん。ダンジョンギルドの指針でも、四人から七人程度が最も安全で効率的とされている」
理路整然とした説明。
それは経験と実績に裏打ちされた知識ではなく――
「そうだな? マルス」
――マルスの受け売りであった。
「そゆこと」
ゲームでは主人公ティアナに同行できる仲間を三人まで選べる。
パーティは最大四人まで。
(ゲームシステムの都合が、こういう形で説明されているのは面白いなぁ)
『聖愛のレガリア』のやり込みゲーマーだった頃に思いを馳せる。
まさか自分が悪役になり、ティアナの仲間達とダンジョンアタックをするとは。
あまりに数奇な運命だ。
「ま、狭い通路でわちゃわちゃするより、こっちの方が断然スマートでしょ」
マルスはそう言って、エリマルくんで肩を叩く。
いつもの調子。そんな彼を、リサはじっと見つめていた。
「……ねぇ。どうしてリサを選んだの?」
夜気に溶ける小さな声。今夜は、勝気な彼女らしさがない。
「足手まといになるかもって、思わないの?」
「うん、思わない」
あっさりとした返事。
それがリサには疑問だった。
「なんだよ。今朝のことを気にしてるのか?」
「っ……そりゃそうでしょ。あんなの」
今朝の決闘が否応なく頭をよぎる。
力でも、技でも、駆け引きでも、何ひとつ届かなかった屈辱が蘇ってくる。
歯が立たない、とはまさにああいうことを言うのだろう。
それだけではない。決闘の後、ブリジットと副官にこっぴどく叱られた。それはもう、入団以来かつてなく過酷な指導であったと言わざるを得ない。
本来ならば除隊処分も免れない事案であるが、決闘に関する法律や、複雑な政治的事情が考慮され、例外的に不問となった。
「まだエリシアを異端だと疑ってるのか?」
「ち、違うわよ」
エリシアの視線を受け止めながら、リサは首を横に振る。
「あなたにはホントに悪いことをしたと思ってる。冤罪で斬りかかるなんて、騎士としてあるまじき行為だった」
「私からもあらためて謝罪させてほしい」
リサとブリジットは騎士としてではなく貴族として、聖国式の一礼で腰を折る。
「……済んだことです。私は気にしていません」
エリシアはにこりと微笑む。リサを許していることは決して嘘ではない。
だが、許す以外に選択肢がないのもまた事実。
「エリシアが許しても俺は許さないけどね」
「もう。またそんな意地の悪いことを」
マルスを嗜めながらも、エリシアは心のどこかでそう言ってくれることを願っていたと気づき、綻ぶ口元を押さえた。
「あんたは正真正銘の異端者でしょーが」
「お、なんだ? もう一回やんのか?」
「……やんない」
リサは思わずブリジットの影に隠れる。
「腹いせに足を引っ張ったりすんなよな」
「するわけないでしょ!」
わはは、と笑うマルス。
「話を戻すとだな……お前を選んだ理由は三つある」
「みっつ?」
「そう。第一に強さ。第二に名誉挽回のため。第三に見栄えの良さ」
「……なにそれ」
リサはぽかんとする。
「いちいち説明が必要か? それくらい察してくれ」
と、それっぽいことを言っているが、実際は『聖愛のレガリア』における味方キャラだからというのが一番の理由だ。
マルスは、リサの行動パターンや連携のコツを知り尽くしている。もちろんこれはブリジットにも言えることだ。だからこそ、このパーティは勝手知ったる布陣であった。
(エリシアは未知数だけど、この面子なら安全だろ)
彼の胸中を知ってか知らずか、ブリジットとエリシアは口を挟まず成り行きを見守っていた。
リサは口をへの字にひん曲げていたが、半ば強引に自分を納得させたようだ。
「任務なんだし、精一杯やるわ。でも勘違いしないで。リサが頑張るのは、お姉様のためだから。あと……エリシアさんとの約束もあるし」
「はいよ。しっかり働け」
「ふん」
準備が整ったことを確認して、マルスはエリシアに目線を送る。
彼女は抱えていたフォローカムを起動させ、宙に放った。
「配信、開始します」




