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第73話 悪役貴族、善は誰がために ②

「エリシアさ。スージーのこと、かわいそうって思ったろ」

「それがなんですか」

「かわいそうって思った瞬間、人って無意識に上下を作るんだよ。病気で動けなくて、先が短いかもしれなくて――だから『救ってやらなきゃ』ってなる。上から目線って言ったのはそういうこと」


 視線を空から外し、マルスはエリシアと目を合わせる。


「キミは優しい」


 マルスは責めるでもなく、諭すでもなく言う。


「でもさ……不治の病ってだけで、スージーをただ憐れな存在にするのは違う。あの子はそんな弱っちい人間だったか?」


 胸の奥を、静かに突かれた気がした。


「助ける側、助けられる側。気づかないうちに、そう線を引いてたんじゃないか?」


 図星を刺されたような気になって、エリシアは返す言葉を失う。

 否定したいのに、言葉が出てこない。


「たしかにさっきの配信じゃ、俺たちがスージーを救うっていう見せ方をした。その方が企画の趣旨が伝わりやすいから。でも本質は逆だ。助けてもらうのは俺らの方」


 意外な言葉に、エリシアだけでなくブリジットとフードの騎士もはっとした。


「どういう意味ですか」

「村長の依頼を受けることで、俺達は望むものを得られるかもしれない。だから感謝してるんだよ。村長にも、スージーにも」

「感謝?」

「そう。助けさせてくれてありがとうってさ」


 なんとなく、マルスの言いたいことは理解できる。

 しかし。


「……あなたが言うと皮肉に聞こえます」

「それはご愛嬌」


 マルスは苦笑する。


「実際、俺らだって苦しい状況でしょ。生活はギリギリだし、テロの黒幕疑惑までかけられてる。ブリジットは王太子から詰められて立場も危うい。そんな俺達を、結果的に助けてくれるのがスージーだ」

「あの子にそんなつもりはないと思います」

「なくてもいいんだ。運命ってやつはそういうふうに巡ることもある」

「運命……」

「スージーは笑ってた。もうすぐ死ぬかもしれないっていうのに。配信者になりたいって夢を語ってさ」


 その声は、どこか誇らしげですらある。


「救ってやろう、なんてのはスージーに失礼だろ。むしろ俺達は、お互いの目的のために力を合わせる仲間なんだ」


 エリシアは驚きを隠せない。

 そんな考え方、彼女の中にはないものだ。

 ただ精一杯の反論だけが口をついて出る。


「そんなの……詭弁です。本当にそう思っているのなら、スージーにそう伝えればよかったじゃないですか」

「全てをさらけ出すことが正解とは限らない。言わぬが花、知らぬが仏って言葉もあるくらいなんだから」


 言ってから、現代日本のことわざがこの世界で通じないかもと気付いて自省する。


「そういうわけで、村長にもスージーにも、リスナーにも、こんなことは言わない。これは俺が心の中で思っていればいいことだ」


 マルスはそこで言葉を切り、ほんの一瞬だけ視線を落とした。


「ま、どれだけ立派なこと言ってもさ。本心ってのは、だいたい行動に出るもんだし。もし本当にスージーを利用するつもりなら、それっぽい感じだけ出して手を抜く」


 いつものへらへらした態度を演じるマルス。


「だけど」


 その声がにわかに引き締まった。


「俺は必ず霊薬を見つける」


 それは軽口でも、虚勢でもない。

 飾り気のない決意。


「見つけるために全力を尽くす。たとえ命をかけることになっても、それが俺なりの誠意だから」


 マルスは、エリシアをまっすぐ見据える。


「俺が偽善者かどうかは、最後に霊薬をスージーの手に渡せたかどうかで判断してくれ」


 強い言葉なのに、不思議と威圧感はなかった。

 あるのは、逃げ道を塞ぐ覚悟だけ。


 エリシアは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた。

 彼の言葉に完全に納得したわけではない。

 それでも。


「相変わらず……ずるいですね」


 ぽつりと漏れた声に、もはや怒りはない。


「わかりました」


 エリシアは小さく息を吸い込み、ゆっくりと頷く。


「近くでしっかり見極めさせてもらいます。あなたの心を」


 その口元には、ほのかな笑みが浮かんでいた。

 夕闇を背景にしたその姿があまりにも絵になっていて、マルスは思わず呼吸を忘れる。


「ありゃ……監視員が一人増えちゃったか」


 そんな冗談が、ぽつりと漏れる。


「話はまとまったようですね」


 フードの騎士が微笑ましそうに言う。

 ブリジットが遠くに見える野営地のかがり火を指した。


「ならば先を急ごう。作戦会議をするのだろう?」

「ああ。飯でも食いながらな」

「用意させよう」


 再び歩き出した一行を包んでいたのは、先ほどよりも柔らかくなった、冷たい夜の空気だった。

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