第72話 悪役貴族、善は誰がために ①
空はすっかり茜に染まっていた。
村長の家を後にした一行は、村外れへと続く緩やかな坂道を歩いていた。今朝の決闘騒ぎが嘘のように、村は静寂に包まれている。遠くで鶏の鳴く声が聞こえ、風に揺れる草の匂いが鼻をくすぐる。
最後尾を歩くエリシアは、無意識のうちに胸元で指を絡めていた。
(本当に、これでよかったの?)
頭の中で、同じ問いが繰り返される。
「エリシア?」
前を歩いていたマルスが、ふと振り返った。
「どったの? さっきから浮かない顔だけど」
「いえ……」
口を開いたものの、言葉が続かない。
それを察したのか、ブリジットが歩調を緩めて並んできた。
「疲れたのだろう。今朝から色々あったものな」
労わるような口調。
「それもありますが」
エリシアは立ち止まり、顔を上げた。
夕焼けに染まる空の下で三人の視線が集まる。
「今回の企画について、考えていました」
声が自然と硬くなる。
「スージーを助けることに異論はありません。けれど、企画にして注目を集めるのは、その……偽善ではないか、と」
言葉にした瞬間、空気が張りつめた。
配信を収益化しなければ、辺境の地では生きていけない。
騎士団の名誉回復と、監視任務の証拠を残す必要だってある。
理屈では理解している。
それでも、病床のスージーを利用しているように感じてしまい、胸の奥がきゅっと締めつけられた。
「偽善……か」
最初に口を開いたのは、ブリジットだった。
「そなたの言う通り、純粋な善意だけではないかもしれん。だが、利益と救済が両立すること自体は罪ではなかろう」
ブリジットがエリシアの細い肩に触れる。
「我ら騎士は、民を守る名分と政治的判断の狭間で動かなければならぬ。それをもどかしく思う時もままあるが……今回に関しては、誰も不利益を被らないではないか」
諭すような声色と、紛れもない正論。
それがかえってエリシアの胸をざわつかせた。
「私も同意見です」
フードの騎士が口を開く。
「偽善と言いますが……あなたは善をどう定義していますか?」
唐突な問いに、エリシアが言葉を詰まらせる。
「見返りを求めず他者を救う行為は、たしかに尊く思えるでしょう。しかしそれは、自己犠牲と表裏一体。長くは続きません」
淡々と続ける。
「一方を犠牲にして他方を救う。それがあなたの思う善なのですか?」
「そうじゃありません……でも」
エリシアは唇を噛んだ。
「彼女の病を、物語として消費しているような気がして」
「胸が痛む、か?」
ブリジットの問いに、エリシアは小さく頷く。
「お二人の仰ることはわかります。けれどそれは、結果が良ければ過程は何をしても許される――そういうふうにも聞こえます」
その視線が、マルスへ向いた。
「あなたは、一体どういうつもりでこの企画を始めたんですか?」
マルスは考えるように空を見上げる。
茜と群青のグラデーションに、星がぽつぽつと瞬き始めている。
「んー」
そして、いつものように軽く笑った。
「エリシアのそういうところ、俺は好きだよ」
まっすぐに言われ、どきりとするエリシア。
だが、続く言葉でその感情は怒りに変わる。
「そういう、ちょっと上から目線なとこ」
「な……!」
いつもの軽口だとしても、こればかりは聞き捨てならなかった。
「私のどこが上から目線だっていうんです」
思わず語気も強くなる。
「傲慢なのはそっちでしょう! 自分のために彼女を利用して!」
声にした瞬間、胸が痛んだ。
こんなふうに言いたかったわけじゃない。でも、他に言い方が見つからない。
自覚しつつも、自身の感情を制御できなかった。




