第71話 悪役貴族、伝説の始まり ②
「というわけで、今夜から毎晩アルヴェリスに潜ります」
マルスは画面越しに、真っ直ぐな視線を向ける。
「これは黄金病に侵されたスージーの、いわば復活の記録だ。リスナー共、最後まで見届けてくれよな」
いつになく真剣なマルスの言葉を、リスナー達は重く受け止めていた。
《欠かさず見るぞ》
《最後まで付き合う》
《絶対助けようぜ》
コメント欄が励ましの言葉で埋まっていく。
スージーはその光景を見つめ、そっと胸に手を当てた。
フォローカムの向こう側に応援してくれる誰かがいる。その事実が、少女の胸に熱を与えてくれる。
「マルスさん」
「ん?」
「アカストって、いいね」
「……だろ?」
「うん!」
温かいコメントと共にエールフレアが灯る。色とりどりのエフェクトが弾け、潤んだ少女の瞳に花火が映る。
そんな中、エリシアはマルスの手元にあるプレートを一瞥する。
そこには、コメントのフィルタ機能を設定する画面が映っていた。
(否定的なコメントを読み上げないようにしてる……? スージーが傷つかないように……?)
とっさの配慮。マルスは喋りに集中しているように見えて、抜かりなく配信を管理している。
エリシアはすこし複雑な心境だった。
(こういうところは、ちゃんとしてるんだ)
実のところマルスは、騎士団に対する不穏なコメントを読み上げられたものだから、慌ててフィルタ機能をオンにしたに過ぎない。
(ふぅ。焦ったー……間一髪だったな)
普段の配信ならアンチコメント大歓迎だが、真面目な回だと邪魔にしかならない。
(今回はスージーの命がかかっているからな。締めるところは締めとかないと)
配信の空気が、一段落ついたところで。
スージーが、ふとひじ掛けを叩いた。
「そういえばマルスさん。あたし、いちリスナーとして気になることがあるんです」
「なにが?」
「マルスさんとエリシアさんって――やっぱり、付き合ってるんですか?」
一瞬、時が止まった。
《うわああああ》
《核心ついちゃったねぇ》
《今それ聞いちゃう?》
爆速で流れ出したコメントより速く、エリシアは首を横に振っていた。
「ち、違いますっ。私達はそういう関係じゃありませんっ。ええ、断じてっ」
「えー?」
きょとんとした顔で小首を傾げるスージー。
「でも、ネットでそういう話いっぱい見たよ? アーカイブのコメント欄でも、二人の仲は怪しいって書いてる人いたし」
エリシアの顔がみるみるうちに赤くなり、フォローカムをキッと睨みつけた。
《めっちゃ睨むやん》
《ごめん俺も書いた。仕方なく》
《ま、見る人が見ればねぇ》
口元をわなわなさせるエリシアの横で、マルスはわざとらしい他人事の顔をしていた。
「……そんな噂になってんだ」
その背後で、ブリジットが咳払いをひとつ。
「スージー。あまりネットの情報を真に受けるものではないぞ」
腕を組み、少し困ったように続ける。
「噂というものは尾ひれが付いて広まるものだ。マルスのような有名人であれば尚更な」
「そ、そうですよ!」
エリシアがコクコクと頷く。
「私はあくまでこの人の付き人です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうなんだ」
スージーがぱちぱちと瞬きをして、残念そうな声を出す。
「お似合いだと思うけどな」
否定したいエリシア。
でも、はっきりと否定の言葉を出せない。
「あの……今は辺境に来たばかりで、生きるにも精一杯で。それどころでは――」
「じゃあ、可能性はあるんだ!」
エリシアは言葉を失った。
《薬草生える》
《純粋は最強の武器》
《ふざけるな。エリシアは俺の嫁だぞ》
スージーの緊張はいつの間にか解けており、エリシアの方こそおろおろしている。
年上ぶっていた自分を恥ずかしく思い、エリシアはそっぽを向いて口を閉ざした。
「はいはい、この話はここまで。恋バナは配信外でやってくれ。今日の主役は俺らじゃなくてスージーなんだしさ」
マルスは話題を切り替えるように手を叩く。
スージーはくすくす笑いながら、胸に手を当てた。
こんなやり取りができる時間。誰かと笑い合える時間。
それがどれほど貴重なものなのか。彼女自身が一番よくわかっていた。
「ね、マルスさん」
「ん?」
「あたし。ちゃんと最後まで、がんばるね」
「……ああ」
フォローカムがゆっくりと高度を変え、画角が引いていく。
暖炉の前に並ぶ三人と、その背後で静かに佇む騎士達。
この配信が、本当の意味で伝説の始まりになることを――
今はまだ、誰も知らない。




