第69話 悪役貴族、企画を始める ②
「おじいちゃん!」
もう一度ひじ掛けを叩くスージー。
「あたしたちは、お願いする側なんだよ!」
今日一番の大声。村長は驚いたように髭を震わせる。
「しかも、マルス・ヴィルの配信に出られるんだよ? 推しの配信に!」
屈託のない笑顔で言い切るスージーに、場の空気がわずかに緩む。
「……聞いた?」
マルスがドヤ顔でエリシアに囁く。
「推しだって」
エリシアは一瞬だけ視線を横に流し、心底疲れたような溜息をついた。
「まさかこんな近くにファンがいたとは」
「ちょっと黙っててください」
二人のやり取りに、スージーがくすっと笑う。
その笑顔を見つめ、村長は何度か小さく頷いた。
「わしが一番、この子を縛っておったのか」
口の中で消えるような呟きだったが、マルスの耳にはしっかりと届いていた。
村長はスージーの小さな頭を撫でる。
黄金に侵された身体でも、今この瞬間を全力で生きようとする孫娘。
その力強い意思を、尊重しないわけにはいかなかった。
「大変、失礼しました」
村長は、深々と頭を下げる。
「マルス殿が同行する件、配信の件。すべてお任せ致します。霊薬の探索、どうか、どうかよろしくお願い致します」
「やったぁぁ!」
スージーが両手を上げ、声を弾ませる。
「アカスト出られるんだ! ほんとに?」
「羽目を外さぬようにな」
「はーい!」
元気よく返事をしたスージーを見て、マルスは満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ、早速やろっか」
足元の革袋からフォローカムを取り出す。赤い魔石を充填すると、淡い光を宿してふわりと宙に浮かんだ。
動力を得たフォローカムは、マルスの頭上を円を描くように旋回し始めた。
「わぁ……!」
スージーが思わず身を乗り出す。
「もしかして、これがフォローカム?」
「そうそう。生フォローカム。テンション上がるでしょ?」
「上がる!」
フォローカムは高度な魔導技術を用いた高級品だ。スージーは目にするのも初めてだった。
「それは……なんじゃ?」
村長が怪訝な眼差しで、浮遊するクリスタルを見上げる。
「アカストの配信機器。これが映像を撮ってくれます」
「ほぅ……こんなものが」
マルスは慣れた手つきでプレートを操作し、配信準備を進めていく。
「エリシア、椅子を移動してくれる? 俺たち全員が画角に収まるように」
「……わかりました」
淡々と、しかしどこか渋々といった様子で、エリシアは椅子を配置していく。
それを見たスージーがぱっと目を大きくした。
「え、え、待って――今から配信するのっ?」
「するよ」
期待に胸を膨らませるスージーと、さわやかに答えるマルス。
「い、今からじゃと?」
村長が慌てて立ち上がる。
「いくらなんでも、性急すぎやせんか」
「早い方がいい」
マルスの声色が、一変して引き締まった。
「病状の進行を考えたら、記録はできるだけ前から取るべきだ。いつ急変してもおかしくない。でしょ?」
村長は口を噤み、スージーの様子を見る。彼女は興奮しているが、顔色は悪くない。むしろ生き生きとしている。
「もちろん無理はさせぬ」
ブリジットが補足する。
「異変があれば、即座に中断しよう」
「……わかりました」
村長は会釈をしてから、くるりと背を向ける。
「わしは出ません」
振り返らずに言った。
「年寄りの顔など、誰も見たくはあるまい」
「おじいちゃん?」
スージーが不安そうに呼び止める。
村長は一度だけ振り返り、穏やかに笑った。
「上で休んでおる。何かあれば呼びなさい」
そう言い残し、二階へと引っ込んでいく。
今に残されたのは、マルス達四人の来客とスージーだけ。
「よし。マナ・ネット接続、問題なし」
マルスはにっと笑った。
「始めよっか」




