第7話 悪役貴族、ダンジョンに潜る ①
アルヴェリスに足を踏み入れたマルスは、目を丸くする。
エリシアが説明した通り、塔の内部は異様な広さであった。
金属に囲まれた通路が四方に伸びており、天井には無数の光源が埋め込まれ、眩い光を放っている。その光が、通路に描かれた魔法陣のような模様を浮かび上がらせていた。
「……すげぇ。これ、光ってるのマナか?」
マルスは感嘆の声を漏らしながら、プレートを操作する。フォローカムの視点が切り替わり、ダンジョンの天井から床、そして自分自身の姿が鮮明に映し出されていた。
「おー。ドローンで撮影してるみたいだな」
その時、プレートの表示が自動で切り替わった。ダンジョンの変質したマナに反応し、マップ機能が立ち上がる。
「エリシア、これ見て。地図になってる!」
振り返ると、ランタンの灯を消したエリシアが歩み寄ってきた。
「はしゃがないでください。子どもですか」
「なんだよー。こんなのテンション上がるに決まってんじゃん」
「恥ずかしいからやめてください」
軽く受け流しながら、エリシアは神妙な面持ちで壁に触れる。
「外はあんなに朽ちていたのに、内部はまるで新築……不思議ですね」
「え、壁が直ってるってこと?」
「直ったというより、造り替えられたんです。ダンジョンは意思を持つといわれていて、一定の周期で構造が変わりますから」
「えー。なんか怖いな~。俺ら、試されてる? 怖いな~」
マルスは配信映えを意識して、あからさまなオーバーリアクションを取る。
その時だった。
通路の奥から、奇妙な音が響く。金属を擦るような、固い何かが這うような音。
マルスとエリシアは互いに顔を見合わせた。
「何の音?」
マルスの問いに、エリシアは首を横に振る。その顔は若干こわばっていた。
奇音はだんだんと近づいてくる。
マルスはフォローカムに向けて「しー」のジェスチャーをした。誰に向けたものかは自分にもわからない。
やがて、音の主が姿を現した。
「あれは……」
細身の金属製の体に、赤い光を灯した複眼。関節ごとにガリガリと異音を立てながら歩く金属の蜘蛛。
「ダンジョンモンスターです……!」
エリシアが緊迫した声を漏らして、二三歩あとずさる。
それに反応したのか、複眼がぴかぴかっと明滅した。
「メカ・スパイダーじゃん。実物は意外と大きいんだな。三輪車くらいか?」
「何のんきなこと言っているんですっ。さっさと武器を出してください!」
「え? 武器?」
マルスはその場に立ち尽くす。
「持ってないけど?」
「は?」
エリシアが絶句すると同時に、メカ・スパイダーが飛び跳ねた。尖った脚が高速で突き出され、マルスの腹に直撃する。
「うおっ!」
腹筋に伝わる衝撃に驚き、思わず声をあげる。
それから表情を輝かせて、フォローカムを見上げた。
「えー、ちょっと予想外の事態です! なんと初ダンジョン、武器忘れてきました! これヤバいっしょ! ははは、ウケる」
「笑ってる場合ですかぁっ!」
叫びながら、エリシアは床に落ちていた錆びた鉄棒を拾い、メカ・スパイダーの背中を思い切りぶっ叩いた。
鈍い金属音がダンジョンに反響し、金属製のボディが揺らぐ。
「この役立たず! 落ちぶれ貴族! 邪魔なんで下がってください!」
「えぇ……急にストレートな悪口になったな」
攻撃されたことで、メカ・スパイダーはエリシアに標的を移した。
赤く光る複眼は、遠慮のない殺意が込められているように見える。
「く、来るなら来なさい!」
「そんなに気張らなくても。メカ・スパイダーなんて最序盤に出てくるザコモンスターなんだしさ……」
「黙って!」
エリシアは鉄棒を握っていない方の手を掲げる。
「猛き炎よ――刃となりて敵を撃て」
魔法術式が手のひらに浮かび上がり、燃えるように光を放つ。
「フレイムボルト!」
そこから放たれたのは、揺らめく炎の矢じりだった。
火の粉を散らし、一直線に着弾。次いで炸裂。金属の体が宙を舞う。
「すげ! 魔法じゃん!」
マルスの賞賛には見向きもせず、エリシアは無言で鉄棒を握り直す。
動きが鈍くなったメカ・スパイダーの、その焦げた装甲を――
ガンッ! ガンッ! ガンッ!
無慈悲なまでに、何度も何度も打ち据えた。
脚がもげ、胴体がひしゃげ、複眼の光が消えていく。
「え、これ……放送して大丈夫? グロくない?」
マルスの心配をよそに、エリシアは十度以上も叩き続けた。
やがて、メカ・スパイダーは金属の塊と化し、動かなくなる。
「うおおぉ、初勝利ぃぃぃ! エリシア、めっちゃ強いじゃん! 最高――うわっ!」
盛り上がるマルスのすぐ横に、鉄棒が深く突き刺さっていた。
もちろん、エリシアが投げたものだ。
その目は、怒りと呆れと諦めが混ざり合っている。
「ちゃんと武器、持ってきてください」
「……はい、反省してます」




