第65話 悪役貴族、善を急ぐ ②
首をかしげるマルス。
「なんで?」
「殿下の命により、我々はマルス様を監視すると同時に、名誉回復を図る必要があります。ダンジョン攻略のスペシャリストであるマルス様が同行すれば、霊薬探索のリスクを最小限に抑えられる」
一拍置き、続ける。
「さらに、病に伏す村娘のために奮闘する騎士団、という美談を世に示すこともできます。マルス様のお考えと、合致するところも多いかと」
「なるほどね……」
マルスの口元に、ひらめいたような笑みが浮かぶ。
「それってもちろん配信するよな? 【実録! 黄金病に苦しむ娘を救え! アルヴェリスに眠る霊薬探索!】。どう? リスナー共が喜びそうな企画じゃない?」
浮かれた物言いに、エリシアの眉がきゅっと寄った。
「不謹慎です。他人の不幸を利用するなんて」
不治の病にかかった子どもを利用してバズろうとする。人道に悖る行為ではないか。
エリシアの憤りを察して、マルスは肩をすくめた。
「不謹慎ね……間違いない。ただ、ドラマチックだろ? 盛り上がる要素、揃ってるしさ」
咎められても、マルスは配信の意を撤回しない。
いつもの軽口。だが、それだけにエリシアの心に引っかかった。
(それだけ?)
らしくない、とエリシアは思った。
出会って間もないけれど、マルスが積極的に道義に反することが信じられない。悪意が感じられない分、余計に違和感を覚える。
「でも……」
言いかけて、エリシアは口を閉ざした。
ここで問い詰めても、返ってくるのは「だいじょーぶだいじょーぶ」とか「気にしなくてもおーけー」とか、そういう類の答えだとわかっている。
わかっているからこそ、余計に胸の奥がざわついた。
ブリジットもエリシアの心中は察したようだったが、特に言及せず、話を進めることを優先する。
「むろん、これはあくまで一案だ。霊薬が実在する保証はないし、ダンジョンが危険なことに変わりはない。他の手を考えても――」
「いや、行く」
即答だった。
「こんなビッグチャンス、逃す手はない。絶対にバズるし、シリーズ化できる内容だ」
マルスはすでにその気になっている。彼の灰色の瞳が、高いモチベーションを湛えていた。
フードの騎士も、彼のやる気に相乗りする姿勢である。
「配信をするとして、村長とお孫さんに許可を頂かなければなりませんね」
「それはそう」
おもむろに、マルスは椅子から立ち上がった。
「じゃ、行こっか。村長の家。依頼受けますっつって、配信許可ももらってさ。善は急げだ」
マルスのスピード感に、エリシアが面食らう。
「いまからですか?」
「もち。ぼーっとしてたら日が暮れる。食糧の備蓄が切れる前に、結果出さないと」
冗談めかした声。いつも通りの軽い調子。
だからこそ、エリシアはますます分からなくなる。
(どうして……どうしてこんな簡単に、命をかけられるの?)
ダンジョン深部の攻略は、グロワール騎士団すら慎重にならざるを得ない危険な挑戦だ。
一層や二層の探索とは訳が違う。それなのに、マルスはまるで散歩にでも出かけるような気軽さで決断した。
彼とて、ダンジョンの怖さを知らないはずがないのに。
(村長の孫が気の毒だから? 配信が盛り上がるから? 騎士団長様の立場を助けるため? それとも、自分が生き延びるため?)
一体、どれがマルスの真意なのか。
エリシアの胸の奥で、小さな棘が抜けないまま残り続けていた。




