第62話 悪役貴族、誤解される ①
『……よかろう』
その一言に、マルスとエリシアはほっと胸を撫で下ろす。
「だが勘違いするな。命令を撤回したわけではない』
「は。重々承知しております」
『異端者は存在そのものが冒涜。捨て置くことはできん』
勇ましい口調の裏に、冷たい意思が透けて見えた。
『監視を強化しろ』
「程度はいかほどで?」
『貴様の人員を使い、奴のすべてを把握するんだ。おかしな動きがあった場合は現場の判断で拘束ないし処理せよ』
マルスの眉がハの字になった。
『付き人の女もだ。たしか……エリシア、だったか』
名を呼ばれた瞬間、エリシアの背筋がぴんと伸びる。
『出自、経歴、交友関係。過去に遡って洗え。可能な限りだ』
「徹底的に、ということでしょうか」
『当然だ。異端者に侍る以上、無関係とは考えられん』
プレートの向こうから、ためらいのない断定が突きつけられる。
『まとめて監視下に置け。マルス・バレンタインにはテロの首謀者との容疑がかけられている。早急に証拠を集めるんだ。法の下に処断するためにな』
異論を許さぬ物言い。
エドワードはマルスが黒幕であることを信じて疑っていないようだった。
「御意」
これ以上の進言は無意味と判断したブリジットは、素直に命令を拝領する。
マルスの粛清を保留にできただけで大収穫であり、嬉しい誤算までついてきたのだから、反論する余地などなかった。
『もうひとつ』
再び場の空気がさらに張り詰める。
『貴様の従騎士が、アルカナ・ストリームで醜態を晒したな』
それまで微動だにしなかったブリジットの指先が、ぴくりと震えた。
マルスとエリシアは互いに目を合わせ、やっちまった感を共有する。
『あれは何だ。グロワール騎士団は、いつから見世物小屋になった』
「面目次第もございませぬ」
ブリジットの声が、ほんの僅かに沈む。
『聖国騎士の名誉を回復しろ』
「は。直ちに手を打ちます」
『これ以上の失態は許さん。精々励め、鈴音の騎士』
その言葉を最後に、プレートの発光が消え、通信は終了した。
先ほどまでの緊張が遅れてのしかかってくる。しばらく、誰も口を開こうとしなかった。
やがて、マルスがうんと伸びをして大きく息を吐き出した。
「結局、エリシアの言った通りになったなぁ。聖王家に目をつけられちった」
思わず苦笑するマルスに、エリシアはむっとした表情を向ける。
「笑い事ですか」
「いやまぁ。苦難ってのは笑って乗り越えるもんだし」
「また調子のいいことを言って。楽天的にもほどがあります」
エリシアは呆れながら、お茶の用意を再開する。
二人のやり取りを見ていたブリジットが咳払いをした。
「よいではないか。マルスの処断は正式に保留となった。すべて狙い通りだ」
「狙い通りぃ?」
自信満々に言い切るブリジットに、マルスは胡乱な視線を向ける。
「そう言うけどさ。要するに、いつでも捕まえられるようにしとけってことじゃん」
エリシアがテーブルにお茶を運んでくると、控えめに口を開く。
「事態はもっと深刻です。王太子殿下は保留と仰いましたが……実際のところ、隙を見て始末しろと言っているようなものではありませんか」
「それは大げさだ」
悲観的なエリシアとは対照的に、ブリジットはどこか満足げな様子だった。
「殿下が何を企てておられようと関係ない。現場指揮官のわたしは監視という名目で――マルス、そなたを守ることができる」
「俺じゃなくエリシアを守ってくれ。この子は完全にとばっちりだろ」
「むろんエリシアの安全は保証する。我がフィエリテの誇りにかけて」
「なら安心」
マルスの口調は相変わらず軽いが、エリシアの身の安全に関する約束だけは欠かすつもりはなかった。
「ま、これで俺は正式に首輪をつけられたってことね」
「不満か?」
「鎖を握るのが鈴音の騎士様じゃ、文句の言いようもないさ」
にやけるマルスに、エリシアが湿度の高いまなざしを向ける。
「なに暢気なことを言ってるんです。王太子殿下がいつ心変わりするかもしれないのに」
「気持ちはわかるけど、守りに入っても活路は開けないって。こういう時こそ、攻め甲斐があるってもんよ」
エリシアが淹れたお茶を一口啜ってから、ほっとして天井を仰ぐマルス。
「どうせアカストで一位取ろうって腹だったんだ。有名になれば世間の注目が集まる。四六時中見張られてるのと同じだ」
「それは……そうかもしれませんが」
「むしろこれはチャンスだよ。異端の大罪人を、鈴音の騎士が直々に監視する。マナ・ネットのトレンド入り間違いなし」
「そう上手くいくものでしょうか」
「世間は常に新鮮な娯楽に飢えてるからね。真新しいスキャンダルには必ず飛びつく。ただでさえ俺達は最高のスタートダッシュを決めてるんだ。陰謀を利用するくらいしなきゃもったいない」
ティーカップをゆらゆらさせながら語るマルス。
「それらしいことを言ってますけど……具体的にどうするつもりなんです?」
「今まで通りさ。普通にダンジョンを攻略する」
「ふつう?」
エリシアは唇を真一文字に引き結んだ。




