第61話 悪役貴族、秘密の通信を聞かされる ②
「アルカナ・ストリームの配信をご覧になりましたか」
『あれだけ話題になれば、嫌でも目に入る』
「であれば、事の顛末もご存じでしょうか。我が団の従騎士が、彼の付き人に無礼を――」
『そんなことはどうでもいい。下した命令はどうなった』
「……まだ、遂行しておりません」
通話の向こうから、何かを叩く音が響いた。
『貴様は僕を愚弄する気か!』
プレートが震えるほどの怒声。
エリシアが思わず肩をすくめる。
「お怒りはごもっともです。しかし女神に誓って、そのような意図は一切ございませぬ」
ブリジットは毅然として答えた。
臣下の礼は崩さぬまま、その声にへつらいはない。
『では、何故命令を遂行していない』
「殿下のご威光を損なわぬためです」
『……なに?』
一瞬の沈黙。
怒りが、困惑へと変わる気配が伝わってくる。
「殿下のご下命は聖国の正義を示すもの。異端を放置しないという、王太子として至極当然のご判断です。その点において、わたしは一切の異論を持っておりませぬ」
『他に異論があるとでも言いたげだな』
「恐れながら。彼はすでに法に基づく罰を受けております。聖国法典第十三章、特例追放規定による追放刑。執行なされたのは、他ならぬ殿下ご自身です」
『……そうだ。ティアナの意を汲んで一時はそうした。だがあんなものは名目に過ぎん。追放は実質的な死刑だ』
「いかに名目であろうとも、刑はすでに執行済み。これ以上の処断は法の外となります」
重い沈黙が、プレートの向こうから流れ込む。
『異端者を生かすことが、法に適うと言うか』
「とんでもない。異端は裁かれるべきです。しかしそれはまっとうな手順に則ってこそ。殿下が彼を粛清なされば、世はこう受け取るでしょう。王太子殿下は法の裁きに加え、私刑を下したと」
『……フン。貴様もそうなのか? 僕が私情で奴を殺そうとしていると?』
疑念と苛立ちが混じった声。
だがブリジットは、声色を一切変えなかった。
「恐れながら、わたしは殿下の御心を案じております」
彼女は一拍置き、言葉を慎重に選ぶ。
その間、背後のフードの騎士がわずかに身じろぎした。
「殿下は、聖女様の御言葉を誰よりも尊重しておられる。かのお方の祈りが向かう先を、決して踏みにじらぬと、そう仰っていたではありませんか」
プレートの向こうで、返事が詰まる気配があった。
「かのお方は、すでに裁かれた者にさらなる罰を与えることを、是とされるお方でしょうか」
静かなる問い。だが、刃のような鋭さが戦場を思わせた。
マルスは、思わず息を吐き出しそうになるのを堪える。
「辺境への追放刑は、かのお方が慈悲と法の両立を望み、殿下が裁可なされたご判断と聞いております」
『……そうだ』
エドワードの声は低い。
先ほどまでの怒気は鳴りを潜め、迷いが滲んでいた。
「ここで法を越えた処断をなされば、殿下はご自身の裁きを否定するのみならず、かのお方の御心を否定することにもなりかねませぬ。それは、殿下の本意ではないのではありませんか」
ブリジットの声は淡々としていながら、どこか柔らかさも帯びている。
「殿下がなさるべきは激情に任せた粛清ではなく、かのお方が信じる正しい裁きの体現。それこそ殿下のご威光を聖国中に示すことに繋がると、わたしは信じております」
『今日はやけに口が回るじゃないか。あの無口な鈴音の騎士とは思えん』
「聖国騎士としての忠誠心ゆえ、この身を顧みず進言しております。命令実行の保留も同じく」
プレートの向こうで、長い沈黙が落ちる。
息が詰まるような時間だった。
マルスもエリシアも微動だにできない。ただブリジットとエドワードのやり取りに聞き入るのみ。
『保留か』
ようやく声が届いた。
マルスは、浅い呼吸のまま次の言葉を待つ。




