第60話 悪役貴族、秘密の通信を聞かされる ①
ブリジットの声色が固くなったせいか、部屋には妙な緊張感が漂っていた。
(マルスが異端に手を出した理由か。ゲームだと、世界を破滅させてやろうって感じだったっけ……とんだ中二病だな)
無論、マルスが異端に堕ちた動機について考えなかったわけではない。
憑依前の〝俺〟は、『聖愛のレガリア』をとにかく遊び尽くしていた。徹底したゲームプレイに加え、実況配信や解説動画を量産。他のプレイヤーたちと交流を深め、いわゆる聖レガ界隈を盛り上げていた。
その活動の中には、ストーリーやキャラクターの考察も含まれていた。
ゲーム内で明示された情報をもとに、語られない背景や伏線を掘り下げ、開発者が意図して隠した設定を解き明かそうとする試み。いわゆる考察勢の活動だ。
もちろん〝俺〟もその一人。界隈ではそこそこ名の知れたプレイヤーでもあった。
(とはいえ、マルスについては情報が少なすぎて、正直考察のしようがなかったんだよな)
序盤のチュートリアルボスとして登場し、あっさりと退場する。物語の大筋にも深く関わらず、掘り下げる余地がほとんどない。
そのせいで、彼について真剣に考察する者はほとんどいなかった。
(聖国で最も重い罪とされる異端信仰に手を出すくらいだ。きっと、相応の理由があったんだろうけど)
マルスは俯き、眉を潜めて考え込む。
そんな彼を、ブリジットは鋭い瞳で射抜き、エリシアは横目で様子を窺っていた。
「それほど、言いにくいことか」
探るような声色。
「言いにくいっていうかさ……うーん」
知らないと答えるのも不自然だし、憑依したと伝えるのもはばかられる。
言葉を見つけられずにいるマルスを前に、ブリジットは一度深く息を吸い、意を決したように口を開いた。
「マルス。気を悪くするかもしれないが……やはり母君の――」
その言葉が続くことはなかった。
彼女の懐から、軽快なファンファーレが鳴り響いたのだ。
静まり返っていた家の空気が一瞬で弾け、マルスは思わず目を見開く。
「すまない」
ブリジットは腰袋からプレートを取り出す。音楽の発信源はそれだった。
表示を確認した彼女は目を細め、背後のフードの騎士を見上げる。
「殿下からですか?」
フードの中から聞こえた透明感のある声に、ブリジットは小さく頷いた。
(殿下? エドワードか? マジかよ、このタイミングで)
王太子からの着信。マナ・ネットに接続されたプレートは、通信機器としても機能する。
マルスは内心で冷や汗をかきながら、ブリジットが通話を開くのを見守った。
「こちら、グロワール騎士団長ブリジット・ラ・フィエリテ」
『僕だ』
テーブルに置かれたプレートから、張りのある男の声が響く。
「聖国の小さな太陽、エドワード王太子殿下にご挨拶申し上げます」
『前置きはいい。貴様、どういうつもりだ』
「と、仰いますと」
『とぼけるな。マルス・バレンタインの件だ。あれは一体どういうことだ』
あからさまな怒気。
場の空気が、一気に張り詰める。




