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第59話 悪役貴族、決闘の後

 昼下がり。

 午前の冷たい風は和らぎ、窓からゆるやかな日差しが差し込んでいる。家の中には、食べ終えたスープの香りがまだ残っていた。

 マルスは背中をかばいながら椅子に座り、片付けをするエリシアの背をぼんやりと眺める。


 そんな折、馬蹄の音が近づき、次いで扉を叩くノックの音が響いた。

 エリシアとマルスが視線を交わす。


「来られたようですね」

「ああ」


 エリシアが扉を開くと、二つの影が戸口に立っていた。

 一人は、言うまでもなくブリジット。

 もう一人は、彼女の背後に控える騎士。深くフードをかぶり、その素顔は影に沈んでいる。朝も見た騎士の一人だった。


「すまない。昼時だったか?」

「いえ、ちょうど食べ終わったところです。中へどうぞ」

「失礼する」


 エリシアが身を引き、二人を家の中へ招き入れる。

 フードの騎士は無言のまま、気配を縮めてブリジットの背後につく。その人物から漂う違和感を、マルスはすぐに察していた。

 リサほどではないが、それなりに小柄である。歩き方が軽く、身の振る舞いが鍛え抜かれた騎士のものとはどこか違う。


(騎士っぽくないな。誰だ?)


 すこしだけ興味が湧いたが、ブリジットに対する関心に比べると些細なものだ。

 ブリジットは向かいの椅子に腰を下ろし、柔和な顔つきでマルスを見た。


「先ほどは見事だった。リサをああも手玉に取るとは。そなたの腕が錆びついておらぬようで安心した」

「……ああ。そのことなんだけどさ」

「どうした? 浮かぬ顔だな」


 マルスは台所のエリシアを一瞥する。


「あんな決闘を配信しちまったもんだから、まずいことになったんじゃないかってな」

「ふむ。まずいとは?」

「俺は追放された罪人だ。それが従騎士にボロ勝ちなんてしたら、騎士団の体裁が悪いだろ? 何十万って視聴者の前でリサに頭を下げさせたんだ。俺とエリシアがお国に目をつけられるんじゃないかって」


 マルスが神妙に語ると、ブリジットは後ろに立つフードの騎士と短く目を合わせた。


「なんだ。そんなことか」


 心配無用とばかりに微笑むブリジット。


「そなたの言う通り、間違いなく騎士団の面子は潰れただろう。だが」


 ブリジットは指を一本立てる。


「それでも、わたしがそなたの戦いを擁護する理由は十分にある。むしろ、あの配信があったおかげで説明がしやすくなったほどだ」

「え、そうなの?」

「配信を見た者は皆、リサが先に無礼を働いたと理解しただろう。リサはそなたの死を望んだが、そなたはエリシアへの謝罪のみで済ませた。実に紳士的ではないか」

「はぁ」

「少なくとも我らに落ち度があったことは明白だ。公にそなたの刑が執行済みである以上、殿下の怒りはわたしとグロワール騎士団に向く可能性の方が高い」


 その言葉を聞きながら、マルスは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。エリシアも片付けの手を止め、胸を撫で下ろした。

 だが、同時にマルスの胸には別の重さが生まれていた。


(ってことは、俺がブリジットを危険な立場に追い込んだってことだよな)


 えもいわれぬ罪悪感。

 エリシアも同じ思いだったのか、手にしていた器を静かに置いて振り返る。スミレ色の瞳は、わずかに揺れていた。


「ごめん、ブリジット。王太子に反逆させちゃったな」

「おぉ、滅多なことを言うな。そのような大それたことではない。事実を説明し、筋を通すだけだ」


 ブリジットは驚いて肩をすくめながら、


「エドワード殿下は異端にこそ厳格だが、民意の重要性を理解しておられる。多くの民が配信を目撃したからこそ、処遇を曖昧にはできない」

「俺を殺せって命令は?」

「ろくに調査もせず処断すれば、聖王家は臣民の信頼を失う。手を下した我らも非難を避けられぬであろう。どちらにしても、そなたとエリシアの安全は保証されるはずだ」

「結果的に配信しててよかったってことか」

「うむ」


 それを聞いたマルスは、ぱっと表情を輝かせてエリシアを見る。

 彼女は安堵と驚愕が混ざったような表情を浮かべていたが、マルスがウインクを送ると、ぷいっとそっぽを向いて再び片付けの作業に戻った。


「殿下にはこちらから上手く説明しておく。粛清命令は公的なものだが、ほとんど密命に近い扱いだ。今回のことで聖王家が泥をかぶることはあるまい」

「ありがとうブリジット。頼もしいにもほどがある」

「そうか? もっと褒めてくれてかまわんぞ」

「ブリジット最高! 絶世の美女! 聖国一の騎士! いま娶りたいレディ聖国ランキング堂々の一位!」

「はっはっは! 大げさだ!」


 嬉しそうに頬を綻ばせる騎士団長は、いつにもなく年相応の少女の顔になっていた。


「……むしろ礼を言うのはこちらの方だ。リサのために悪役を買って出てくれたこと、本当に感謝している」


 だしぬけに真剣味を帯びた声。マルスは首を傾げる。


「なんのこと?」

「リサの慢心と歪んだ正義。それを見抜き、正そうとしてくれただろう?」


 ぽかんと固まるマルス。頭上にハテナが浮かんでいた。

 だがブリジットは気にする様子もなく、むしろ確信を持った目で続ける。


「若くして突出した実力を持つがゆえに、あやつは自分の力を過信していた。身勝手な信念、先入観、偏見。それらを自覚せぬまま突き進んでいた。周囲もリサの才能を大切にするあまり、正面から叱りつけることができなかったのだ……わたし含めてな」


 自嘲の笑いを浮かべ、テーブルに目を落とすブリジット。


「だが、そなたは違った。あえて悪役を演じ、徹底的に叩きのめすことで、あやつに自分を見つめ直す機会を与えた。手も足も出なかった故、しばらくは立ち直れないだろうが……今回の件はいい薬になった」

「あーそういうことね。まぁ、あいつは天才だからな。数年もすりゃ、ブリジットに並ぶ騎士になるだろうし」


 だが、その成長のきっかけになるのがブリジットの死であることは到底受け入れられない。リサを痛めつけたのは、ゲーム内でブリジットを救う道がなかったことへの憂さ晴らしだ。

 要するに、八つ当たりである。


「そなたはリサの才能を見抜き、正しく導くためにあえて偽悪を演じた。誰にでもできることではない」


 マルスにそのような意図はなかったが、わざわざ訂正しようとも思わない。

 悪い気はしなかったし、なによりブリジットの捉え方を否定したくなかった。


「本当に、大した男だ。そなたは」

「買いかぶりだって。俺は俺のやりたいようにやっただけだからさ」


 しみじみ言うブリジットと、満更でもないマルス。


「やりたいように……か。思えば、そなたは昔からそうだったな。十年前のあの日、縁談で私を訪ねてきた時も、やりたい放題だった」

「そうだっけ?」

「ふふ、今でも笑えてくる。父も、兄も、そなたの豪胆には度肝を抜かれていた。バレンタイン家にとんでもない傑物が生まれたと、しばらく家中の話題になった」


 当時を思い出し、ブリジットは相好を崩す。

 しかし、その笑みはすぐに陰りを帯びた。


「……なぁ、マルス。無礼を承知で尋ねたい。そなたはどうして、異端魔術に手を染めたのだ?」


 核心をついた質問。

 お茶の準備をしていたエリシアの肩が、ぴくりと震える。

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マルスが真剣でなくて打棒のエリマル君だから不殺になって【世界も、登場人物も、すべてが救われるトゥルーエンド】を目指してる事になってる 真剣と命を絶つのが決闘の礼儀だけど、相手に恥を与えてアカストで自分…
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