第6話 悪役貴族、ダンジョンに向かう ②
マルスは金属板を指で操作する。俗にプレートと呼ばれるこの端末は、原作にも登場していた。操作を終えると、中央に「同期完了」の魔法文字が浮かぶ。
「なるほど。スマホだな、こりゃ」
「スマホ……? それはプレートですよ」
「ああ。うん、こっちの話」
エリシアは首を傾げたが、すぐに元に戻る。
「配信タイトル設定や画角の切り替え、コメントの確認などもプレートで行います。コメントは音声再生にも対応してまして、自動音声で読み上げくれるので、オンにしておくことをおすすめします」
やや早口で語る声には、わずかに熱がこもっていた。
「リアルタイムの反応って、やっぱり癖になるみたいですね。視聴者の応援でやる気を上げる配信者も多いようですし」
「ふーん。やけに詳しいんだな」
「アカストの視聴は日課なので」
そっぽを向いた彼女の耳が、かすかに紅潮していた。
それに気づいたマルスは、にやりと口角を上げる。
「エリシアってもしかして、配信者に憧れてたり?」
「……おかしなことを言いますね」
「だって、ただのリスナーが配信設定についてそこまで詳しいことある?」
「そのくらい常識です」
即答だったが、その口調にはどこか棘が抜けていた。
「でも、エリシアってかわいいし、配信者になったらたくさんのファンがつくと思うけどな」
「……なぐりますよ」
「いてっ」
エリシアのパンチが肩に直撃する。
そんなやり取りをしながら、マルスはプレートを操作し、アカストへの接続を設定する。
フォローカムが淡く光を放ち、空気が微かに震える。プレートには「マナ・ネット接続:成功」「回線ステータス:良好」の文字が浮かぶ。
「こんな辺境でも繋がるんだな」
「いまやマナ・ネットは生活に欠かせないインフラになりましたから。国中どこでも繋がります。ダンジョンの奥深くでも」
「マナ・ネット最高じゃん」
喜ぶ傍ら、プレートが赤く点滅し、ほんの一瞬「マナ認証未完了」の警告が灯る。
が、マルスはよそ見していて気付かなかった。
「あとはアカストアプリを開いて、配信開始ボタンを押せばいいんだな」
「えっ、もう始めるんですか?」
「マルス・ヴィル配信伝説の第一歩だ」
「ちょっと待って――」
「配信開始!」
エリシアの制止も聞かず、マルスは操作を実行。
「皆さん、はじまめしてー! マルス・ヴィルと申しまっす! ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今日付で辺境に追放され、貴族位まで剥奪されました! パチパチー」
底抜けに明るいマルスの声が森に響く。
「な、の、で! 今日から辺境系男子マルスとしてアカストデビューすることにしました! 追放された元貴族が、ダンジョン攻略で一発逆転狙います! どうぞヨロシクぅー!」
返ってきたのは、カラスの鳴き声だけ。
「いや誰も見てないけどね! とりあえず第一回は、辺境アルシュ・デア・ヴェルトのダンジョンをお届けします。えーっと……なんていうダンジョンだっけ? ど忘れしちゃった」
助けを求めてエリシアを見る。
彼女は固い表情で直立不動になっていた。
「エリシア?」
「は、はい。なんでしょう」
「この塔、なんていうダンジョンだっけ?」
「あ、えっと。ここは……その、古塔アルヴェリスです。古代アルカ・オルドの、監視塔だった場所で」
「なになにー? もしかして緊張してるー?」
マルスが茶化すと、エリシアはかぁっと顔を赤くした。
「あ、紹介が遅れました! この子はエリシア。辺境送りにされた俺についてきてくれた心優しい美少女メイドです。どうだみんな、かわいいだろ? うらやましいだろー?」
さらに顔を赤くしたエリシアが、マルスの肩を何度もパンチする。
「いてっ! 痛いって! エリシア結構いいパンチ持ってるんだから!」
「一旦とめてくださいっ」
「やだよ。せっかく始めたのに」
言いながら、マルスは逃げるようにアルヴェリスの入口に駆け込む。
フォローカムが彼に追従していくのを見上げ、エリシアはがっくりと肩を落とした。
「私の初配信が、こんなのなんて……」
がっくりと肩を落として、能天気なマルスを追いかけるエリシアであった。




