第57話 悪役貴族、失敗する ①
広場を離れると、風向きが変わった。
冷たい空気が決闘の余熱を冷ましてくれる。聞こえるのは風の囁きと、土を踏む足音だけ。
「あの」
前を歩くマルスを無言で見つめていたエリシアが、おもむろに口を開いた。
「背中、痛みますか?」
「ん? まぁ、ちょっとね」
しれっとした顔で答えるマルスだったが、それが強がりだとエリシアにはお見通しだった。
「怪我人が決闘なんてするからです。傷が開かなったのが不思議なくらい」
「でも勝ったし、結果オーライでしょ」
はたと、エリシアの足が止まる。
「本気で言ってるんですか?」
責めるような声色に、マルスは思わず振り返った。
「……えっと」
「あなた。自分がなにをしたか、わかっていないんですね」
まっすぐに向けられたスミレ色の瞳。その奥で、感情の揺れが静かに波を立てていた。
「今日の配信は、あきらかに危険な行為です。グロワール騎士団は命令を果たせず、あなたは追放者の身でありながら圧勝。従騎士とはいえ、リサ様はれっきとした騎士団の一員ですから、聖王家と聖国騎士の面目は丸つぶれ。国の威信に関わります」
エリシアの言葉に、マルスは一瞬ぽかんとした顔になる。
「大丈夫だって。ブリジットがなんとかしてくれるって言ってたじゃん」
「それは、決闘をする前の話でしょう!」
あまりにも危機感のないマルスに対し、エリシアの声はにわかに大きくなった。
「ただの決闘ならまだよかった。でも、あんな風に、殊更に力の差を見せつけるような勝ち方は、必ず聖王家の不興を買います」
エリシアの声にはっきりと怒気が混じったのを感じて、マルスは言葉に詰まった。
「いや、まぁ……なんていうか」
言い訳を探す口が、やけに重たく感じる。
エリシアには怒気こそなかったが、明確な叱責の意思があった。
「ごめん。俺が考えなしだった」
珍しく素直に謝ったのを見て、エリシアは視線を落として息を吐く。
「……あなたが私の為に戦ってくれたことはわかります。でも結果的に、私達ふたりとも聖王家に目をつけられるかもしれないんです」
「俺はわかるけど……エリシアも?」
「リサ様は私に謝罪されました。当然、当事者になるでしょう」
「でもほら、リサが理不尽に斬りかかったってことをちゃんと説明したんだし」
「そんなことが考慮されるでしょうか。聖王家の威信に比べれば些細なことでは?」
聞けば聞くほど、エリシアの言葉に現実の重たさを感じる。
マルスは今になって、自分の行動を後悔し始めていた。
「まじでごめん。俺なりにエリシアを守ろうとしたんだけど……裏目に出た」
がっくりと肩を落とす。
「俺、配信で皆に伝えたかったんだ。エリシアに理不尽なことしたら許さねぇ。もしエリシアを傷つける奴がいたら、相手が誰だろうとやってやるぞって」
「余計なお世話ですよ、そんなの」
「そうだよな。暴走してたのは、俺の方だったか」
マルスは自分でもわかるくらいにしょんぼりしていた。
決闘に勝ち、配信でバズって、エリシアには褒めてもらえると思っていた。
だが、突きつけられたのは己の浅慮と、それが招いた危機である。
(上手くやったつもりが、盛大に下手をこいてたとは……笑えねー)
マルスは肩を落としたまま、再び歩き出す。
今は一刻も早く家に帰りたくて仕方なかった。
だが、そんなマルスの袖を、エリシアがぎゅっと握っていた。
「待って」
マルスが振り返ると、エリシアはもう一度、逃がさないようにその手を握った。細い指だったが、決して弱い力ではなかった。
「話、まだ終わってません」




