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第54話 悪役貴族、マジでやる

「まだやる?」


 屈託なく尋ねるマルス。

 観衆からどよめきが生まれ、アカストのコメント欄が一層盛り上がる。


《つえぇwww》

《ダンジョン攻略だけじゃなく対人もいけるのかよwww》

《異端魔術使ってないよね?》


 その傍らで、ブリジットはいたく感心していた。


(リサは見事に誘導されたな。マルスは防御に徹しているように見せかけ、実際は大振りの一撃を誘っていた。剣技だけでなく、駆け引きでも後れを取っている)


 ブリジットの推察はおおむね正しかった。

 だが、当のマルスはそこまで深く考えていたわけではない。


(ジャスガは便利だけど、考えなしに使えばいいってもんじゃない。攻撃によっては回避したほうがリターンが大きいし、時にはわざと被弾したほうが効率がいい場合もある。ま、現実じゃ被弾は無理だけど)


 RTA走者でもあったマルスは、どんな状況でも最速クリアを意識していた。

 リサが放つ跳躍からの斬り下ろしは、威力こそ高いが着地硬直が長い。弾くよりも回避して反撃した方が、結果的にダメージ効率がいい。

 鉄棒で顎を持ち上げられたまま、リサは歯を食いしばった。

 悔しさで震える喉から、掠れた声が漏れる。


「……舐めるなっ!」


 リサが柄をひねる。土に噛んだ剣が砂塵を吐いて抜け、エリマルくんを弾き上げた。

 バックステップを重ねて距離を取ると、紅いポニーテールが静かに揺れた。

 リサが取ったのは、剣を水平に寝かせる『スティンガー』の構え。


(きたきた。そいつには何度苦しめられたことか)


 リサにとっての必勝の突き。だがマルスにとっては、何千回も見てきた定番パターンだ。


(今じゃ得意になってんだよなぁ……スティンガーのジャスガ)


 息つく間もなく、リサが地を蹴った。電光石火の踏み込み。神速の突きが一直線に迫る。


「ほい」


 マルスはまるで録画を再生するかのように、先ほどとまったく同じ動きで『スティンガー』を弾き上げた。

 リサの体が再びバンザイをするように浮く。


(っなんで……! 二度もまぐれが続くはず――)


 最初は偶然だと思っていた。たまたま、マルスの棒が突きの軌道と重なっただけだと。

 だが、それは甘すぎる読みだった。


 がら空きになった鳩尾へ、エリマルくんの柄頭が容赦なく叩きこまれる。


 ――ダァンッ!


 鈍い衝撃。体の芯が鳴動する。


「ぐ、ぶっ――!」


 リサの体がくの字に折れ、視界が歪んだ。膝が砕け、喉が音を忘れ、肺が息を奪われる。胃がせり上がるような苦しみ。よだれを垂らし腹を押さえて悶絶することしかできない。


「ジャスガで崩して『とどめの一撃』。セオリー通りだな」


 マルスは積み重ねたプレイ通りの動きを再現していた。『ジャストガード』で体勢を崩した相手に『とどめの一撃』を叩きこむ。

 問答無用の大ダメージ。もしこれがゲームなら、リサの体力ゲージは半分以上が吹き飛んでいる。


《うわ……いたそー》

《これ終わったくね?》

《騎士に勝つとか薬草生えるんだが》


 勝敗は誰が見ても明らかだった。マルスの目の前で膝をつくリサの姿は、まるで跪いているようにも見える。

 もはや戦闘不能と判断し、ブリジットが半歩踏み出す。


「勝負――」


 言葉の続きをマルスの視線が制した。穏やかな目が、はっきり「待て」と告げている。

 ブリジットは上げようとしていた手を止め、代わりに膝を折った少女へ視線を落とす。


「リサ。降参か?」

「……ばだ、やでばずッ!」


 返ってきたのは、潰れた息の隙間をこじ開けた声だった。

 剣を探す指先が土をかく。柄を掴み、刃を杖にして立ち上がる。苦悶の表情で、震えながら。

 ブリジットは、従妹であるリサの痛ましい姿に胸を痛めた。


(大した執念だ……それだけに、残念だな。憎しみは視野を狭め、心をすり減らす)


 だが同時に、上官としては理解していた。

 苦境に立ち向かう過程こそが、人を鍛えるのだと。


「続行!」


 張り詰めた声が、広場に響いた。

 その号令に応じて、リサは再び剣を振るった。だが、その動きにはもはや精気がない。

 マルスはひょいと身をかわし、足をひっかける。


「あぅっ……!」


 リサは前のめりに倒れ、地面に手をつく。すぐに立ち上がり、剣を振る。

 受け流される。たたらを踏む。

 突きを放つ。小手を叩かれ、剣を取り落とす。


 勝負にならなかった。

 マルスはただ無表情のまま、リサの心を折ろうとしていた。


(ただ負かすだけじゃ意味がない。心の底から、悔い改めてもらわないとな)


 エリシアに刃を向けた罪の重さを、痛みで刻ませる。


「こんのぉっ……!」


 何度挑んでも、軽くあしらわれる。そのたびにリサの瞳が滲み、唇が震えた。

 観衆は誰も声を出さない。沈黙を保ち、決闘の結末を見守っている。


 そんな中ブリジットは、従妹にかつての自分を重ねていた。マルスに挑み、ボロボロにやられ、鈴の誓いを結んだ幼き日の感情が蘇る。

 そして同時に、マルスにもあの日の面影を見た。十年越しに胸の奥で疼く淡い恋心。忘れかけていた思慕の念が、静かに再燃していた。


 そのとき、剣が鈍い音を立てて地に落ちる。

 リサの腕は力なく垂れ、肩で荒く息をする。もはや握力も残っていない。


「まだやる?」


 マルスはにこやかに尋ねる。決着は、あくまでリサの口から言わせるつもりだった。

 だが、圧倒的な力の差を見せつけられて尚、彼女は諦めない。


「異端者なんかにっ、負けてたまるもんか……っ!」


 震える手で剣を拾い上げる。抱えるように握り締め、切っ先をマルスに向ける。


《まだやるんか》

《もういいだろ。立会人はなんで止めないんだよ》

《本人がやるって言ってるんだから、最後までやらせるべきですよ》


 コメントの種類は大きく二つに分かれていた。

 リサを擁護するものと、誹謗するもの。


《騎士の子、泣いてる》

《流石にかわいそう……》

《いくら従騎士っていっても女の子じゃん。なんでやらせたんだよ》

《いやいや。決闘にかわいそうとかないから》

《俺らの租税で飯食ってるくせして、罪人に手も足も出ねーとかふざけんなって話》

《騎士の奴らって普段偉そうにしてるからな。いい気味だわ》


 エールフレアはいつもより控えめだった。

 すでに決闘の体をなしておらず、リサが空回りするだけの配信になりつつある。


(そろそろ終わらせるか。これ以上はダレるな)


 マルスは一度だけ深く息を吐き、一歩前に出た。

 攻撃に転じる――その瞬間を狙って、リサも動く。 


「だあぁっ!」


 最後の力を振り絞った捨て身の『スティンガー』。

 緩慢な刺突だった。剣を抱えて体当たりをするような動き。

 マルスは上半身を捻り紙一重でかわすと、リサの手首を掴み、そのまま剣を取り上げた。


「あっ……!」


 握力を失った手は容易く剣を離してしまう。

 勢いのまま、マルスはリサを制圧する。足を払い、四つん這いの体勢にさせると、剥き出しのうなじに刃をあてがった。


「まだ、やる?」


 再三の問い。

 聞くまでもなく、答えは明らかだった。

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