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第5話 悪役貴族、ダンジョンに向かう ①

 日が傾きかけた夕暮れ時。


 マルスは配信機器を肩に担ぎ、村外れの細道を無言で進んでいた。足元には雑草が伸び放題に生い茂り、踏み慣らされた痕跡すら乏しい。獣道をかろうじて視認できるほどだ。

 躊躇なく進むマルスの後ろには、ランタンを掲げたエリシアが一定の距離を保ちながらついてくる。


「いやー、俺ってラッキーだよなぁ。まさか村の近くにダンジョンがあるなんてさ」


 背後からエリシアの溜息。


「なぜ今日なんですか。あなた、追放された自覚あります?」

「あるある。あるからこそ今日なんだよ。善は急げってな。それに、ダンジョン配信は日が落ちてからがゴールデンタイムなんだろ?」

「そうですね。仕事を終えた人達がアカストに集まってきますから」

「だったら、なおさら今やるべきでしょ」


 マルスが立ち止まり、視線を上げた先。切り立った崖の上に、朽ちた古塔が不気味にそびえ立っていた。

 黒ずんだ石材で築かれた塔は、風化して苔に覆われ、外壁の一部はすでに崩落している。それでもなお、塔は異様な威圧感を保ち続けていた。夕焼けの赤に染まった空を背にして、その影はまるで巨大な亡霊のようだ。


「古塔アルヴェリス。このあたりでは唯一のダンジョンです」


 エリシアが静かに告げる。


「もともとは古代王国アルカ・オルドの監視塔だったらしいですが……あるとき大規模なマナ濁流が生じて、塔そのものがダンジョン化したと伝えられています」


 ダンジョンの存在については『聖愛のレガリア』本編でも度々言及されていたから、マルスもよく理解している。

 とはいえ、ダンジョン化の仕組みや詳細は設定集でも語られなかったので、裏設定まで把握していているわけではない。

 やりこみ勢としては、好奇心をくすぐられる知識だった。


「その、ダンジョン化っていうの? 一体どういう理屈なの?」

「マナの偏流や霊脈の断層、あるいはアルカ・オルドの魔導遺物などによって生じる特異現象とされています。内部は空間が歪み、外観からは想像もできないほど広大で複雑になっているとか。興味深いのは、内部構造が定期的に変化し続けているという点です」

「まさしく異空間ってわけか。やばそうだけど……なんかワクワクするな」


 マルスの瞳が少年のような輝きを帯びる。

 エリシアはその様子に呆れたように息をつき、冷ややかに返した。


「ワクワクしながら帰らぬ人となった探索者は数え切れません。あなたがその一人にならなければいいのですが」

「大丈夫だって。俺はダンジョンには詳しいんだ」

「アカストも知らなかった人が何を言ってるんです」

「そこはまぁ……色々と事情がね」


 原作ゲームをやりこんだ身からすると、ダンジョン攻略なんて朝飯前だ。

 ゲーム内に出てくるモンスターと効果的な戦い方はすべて記憶しているし、探索のノウハウもある。クリア時間を競うRTAと呼ばれる競技にも参加し、幾度となく世界記録を更新した経験だってある。

 マルスは鼻を高くして、どんと胸を叩いた。


「任せなさいって。エリシアは大船に乗ったつもりでいてくれたらいいよ」

「わかりました。脱出ボートを用意しておきます」


 まもなくして、二人は塔の入口に辿り着いた。

 かつては鋼鉄の扉が設置されていたはずの場所には、ぽっかりと黒い空洞がある。中は完全な闇に包まれている。

 エリシアは無言でランタンを差し出した。


「灯りはこれだけです。本当に入るんですか?」

「もちろん。あ、待って。配信の準備しなきゃ」


 マルスは荷物を下ろし、機器を取り出す。クリスタルと、それに接続する金属板状の端末。

 しばらく、マルスはそれらをじっと見つめていた。


「何しているんですか。早く配信の準備をしてください」

「いや……これ、実際どうやって使うのかなって」


 苦笑しつつ言うと、エリシアは苛立ちの溜息を吐き出した。


「そんなので大船がどうとかとかほざいてたんですか?」

「ごめんね。なんとなくはわかるんだけど」

「貸してください」


 エリシアがマルスからクリスタルをひったくる。


「これはフォローカム。魔石を動力にして、周囲の映像や音声を記録してくれます」


 巾着に入っていた赤いビー玉を取り出し、フォローカムに当てる。すると、硬質な表面に沈んでいくように、魔石が内部に潜り込んでいった。

 透明だったクリスタルに、ほのかな赤い光が宿る。そして、エリシアの手からふわりと浮かび上がり、頭上で停止した。


「おお」

「起動しました。あとは、そのアルカナ・プレートと同期するだけです」

「やってみよう」

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