第45話 悪役貴族、黒幕疑惑浮上 ①
翌朝。
割れた窓から、薄い陽が斜めに差しこんでいた。
エリシアは床を掃き、客人を迎える準備をする。マルスは背をかばいながら椅子に腰を落とし、訪問の時をじっと待っていた。
「背中は痛みますか?」
「いんや。エリシア謹製、愛の湿布のおかげかな」
「そうですか」
いちいち反応するも疲れてきた。そう言わんばかりに、エリシアは生返事をする。
台所でお湯を沸かし始めたところで、窓の外に騎馬の列が現れた。
鉄と蹄の音を重ねる数騎の騎士。物々しい気配は戸口の前で止まり、馬の鼻嵐がインターホン代わりに鳴った。
「失礼。グロワール騎士団のブリジット・ラ・フィエリテが参った」
扉越しに聞こえた声。
すぐにエリシアが扉を開くと、朝の冷気を伴ったブリジットが姿を見せる。
「お待ちしておりました。騎士団長様。中へどうぞ」
エリシアは深く腰を折り、騎士達を迎え入れる。
「失礼する」
ブリジットを先頭に、数人の騎士達が狭いぼろ屋に入ってくる。全員が完全武装しており、剣呑な雰囲気を纏っていた。
フードで顔を隠す者、マルスに警戒の眼差しを送る者。そして、紅いポニーテールを揺らすリサの姿もあった。
(戦争でもおっぱじめようって面だな)
マルスは椅子から立ち上がる気配も見せず、自然体で騎士団を迎える。
「よく来てくれたね。すこしは冷静になれた?」
開口一番の不遜な物言いに、騎士達の表情が一層険しくなる。表情を変えなかったのはブリジットだけだ。
「問題ない。そなたこそ怪我の具合はどうだ?」
「悪くない。うちのメイドは優秀だからね」
「そのようだ」
エリシアが椅子を引くと、ブリジットはマルスの向かいに腰を下ろす。佩剣の鈴が小鳥のように鳴いた。
彼女はぼろ屋の中をひとしきり見渡した後、マルスの肩口に覗く包帯を一瞥して目を細める。
「ハイポーションは効かなかったか?」
「あれね、飲んでないんだ。何が入ってるかわかったもんじゃないし」
あっけらかんとした物言いに、ブリジットの背後に立つ青年騎士が歯を剥いた。
「貴様ッ! 団長のご厚意に対し何たる無礼ッ!」
「よい、控えろ。わたしの配慮が足りなかったようだ」
「しかし――」
「控えろと言った」
淡々とした声と厳しい眼光。青年騎士は口をつぐむしかなかった。
「女神に誓って、あのハイポーションは本物だ。混ぜ物など入っていない」
「わかってるよ。ちょっとからかっただけさ」
マルスは軽く自省する。リサに対しての怒りが騎士団全体への苛立ちに飛躍してしまった。
これ以上の印象悪化を防ぐためにも、フォローはしておくべきだ。
「ブリジットが卑怯な手を使う人じゃないってことはよく知ってる。俺の知る限り最も清廉な騎士がキミだからさ」
「……そうか」
ブリジットは斜めに俯き、前髪で表情を隠そうとする。その口元が緩んだのをマルスは見逃さない。
「それはそうと……ここでの暮らしはどうだ? いきなりの辺境暮らしともなれば、苦労も多いのではないか」
咳払いの後、こころもち早口になった声は、すこしばかり浮ついているようにも聞こえる。
世間話に興じたいのは山々だが、今のマルスに会話を楽しむ余裕はない。
「これ以上の前置きは必要ないよ。本題に入ろう」
「あ、ああ……そう、だな」
ブリジットの表情に一瞬の影が差す。だがすぐに居住まいを正し、厳格な騎士団長の顔つきになった。




