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第43話 悪役貴族、推しを知り己を知る ①

「ただいま戻りました」

「エリシアおかえりー」

「安静にしてました?」

「そりゃもう。アカスト見てた。リリィベルの配信」

「リリィベルちゃんの?」


 ぱっと目を輝かせたエリシアが、マルスの持つプレートを覗き込む。


「トレミスですね。彼女、最近はずっとそこに潜ってます」

「そうなの?」

「難度が高く、探索が進んでいないそうです。それで、ギルドの依頼を受けたリリィベルちゃんが攻略配信してるんです」

「へぇ。まぁこの感じなら、じきに踏破するだろうね」


 マルスは配信を閉じ、プレートをテーブルに伏せる。


「ブリジットはどうだった?」


 すこしだけ真剣な声色に、エリシアは表情を引き締めた。テーブルを挟んだ向かいに腰を落ち着けると、腰袋から小瓶を取り出し、マルスの前に置く。


「これを頂いてきました」

「なにこれ?」

「ハイポーションです。団長様があなたにと」

「またレアなもんを……」


 ゲーム内ではキャラクターのHPを全回復させるアイテムとして登場していた。入手数の限られたかなりのレアアイテムだ。


「飲んでください。背中の傷に効きます」

「いや……やめとくよ」


 エリシアは怪訝な顔をした。


「俺はそっちがいい」


 マルスが指差したのは、台所に置きっぱなしにされた薬草だ。


「朝摘んできてくれたやつ。煎じて貼ってくれるって言ってたろ。そっちの方が効きそう」

「そんなわけないでしょう」

「いやいや、エリシアの愛がこめられてるからさ」


 エリシアは一瞬ぽかんとしたが、呆れたように息を吐く。


「こめてないですから。仮にこめていたとしても薬効は変わりません」

「精神的に効くんだって。ほら、俺メンタルよわよわだし」

「無神経の間違いでしょう」


 口元はむっとしていたが、目つきは怒っていない。彼女自身、自分が摘んだものを選んでくれたことに多少の嬉しさを覚えていた。


「本当に飲まないんですか」

「おうよ。実は俺、ハイポ症候群でさ。こういうの、もったいなくて結局使わないまま全クリしちゃうんだよね」

「よくわかりませんけど、貧乏性だというのは理解しました」


 エリシアは小瓶を布で包むと、物資箱に保管した。使わないのはブリジットに申し訳ないが、本人が飲まないというのだから仕方ない。

 いざという時の保険として置いておくのもよし。販路が見つかれば、売って資金にもできるだろう。


「それはともかくさ、ブリジットはなんて言ってた?」


 再び席についたエリシアは、返事の前にじっとマルスを見つめる。


(え、なにその目)


 彼女の表情がどこか慈しむようにも見えて、マルスは内心戸惑った。


「十年前のことを聞いてきました。あなたと、騎士団長様との出会いです」

「おお。そりゃ収穫だ。聞かせて聞かせて」

「はい。団長様の話では――」


 エリシアは鈴の鳴る天幕で聞かされた過去を、漏らすことなくマルスに伝える。

 ブリジットの生まれと境遇。マルスとの出会い、立ち合い、そして鈴の約束。

 すべてを聞き終えたマルスは、珍しく神妙な面持ちで、顎を押さえていた。


(まさかマルスとブリジットにそんな過去があったなんてな。どうして作中で明かされなかったんだ? 裏設定か、もしくは没になった案か)


 端役のボスに過ぎない悪役貴族と、主人公ティアナを支える騎士団長。二人が親密であったという設定は、物語の大筋に無関係だし、ブリジットにとっての汚点にもなりうる。

 ブリジットのキャラ人気を意識するなら、わざわざ明かす必要のない設定だろう。


(つーかマルスって、昔はそんな感じだったのか。ゲームのマルスと全然違うじゃん。もっと、こう……わがまま放題のクソガキだと思ってた)


 ぼろ屋に静寂が満ちた。

 じっと考え込むマルスを、エリシアはおずおずと窺う。


「なにか、思い出しましたか?」

「え?」

「十年前のことです。忘れていると言っていましたから」

「……ああ」


 忘れているというか、そもそも体験していないというか。


(思い出すもクソもないよな……)


 マルスの体に記憶が残っているかもしれないが、今の〝俺〟はアクセスできない。

 ただ、マルスとブリジットの間に並々ならぬ因縁があることはわかった。


(推しキャラとの幼馴染設定か。ん? これって上手く立ち回ればブリジットとお近づきになれんじゃね?)


 そう思うと、急にワクワクしてきた。

 恋焦がれた美しき女騎士は、自分との約束を果たすために騎士団長にまで上り詰めた。その過程には想像を絶する努力があっただろう。彼女にとって、マルスとの約束はそれほどに重いものなのだ。


「まぁ、なんとなく思い出せたような気がする。他に何か言ってなかった?」

「それは……」


 エリシアは言い淀む。

 母の死を機にマルスが変わってしまったことを、口にしていいものか。

 いいわけがない。彼の心の傷を抉るだけ。そう考えた上で、エリシアは首を横に振った。


「何も、言っていませんでした」

「そっか。ブリジットの口ぶりから察するに、俺たちはその時以降会ってない感じだったな。なんで会いに来てくれなかったんだろ」

「言われてみれば、たしかに」


 ブリジットと出会ってから母が亡くなるまで、少なくとも三年はあったはずだ。その間、どうしてマルスとブリジットは顔を合わせなかったのか。

 マルスとエリシアは、同じ疑問を抱いていた。


(ま、考えても仕方ない。思い出が少ないのは好都合だ。ボロが出にくいからな)


 マルスとして自然に振る舞えば、〝俺〟が憑依していることには気付かれないだろう。


「ブリジット。明日の朝に来るんだっけ? 何の用で来たのか聞けた?」

「教えて下さいませんでした。用件は明日伝えると」

「こわ。何言われんだろ」


 大袈裟に肩を竦めたところで、エリシアが言いにくそうに口を開いた。


「あの……それと、もう一つ。伝えておくべきことがあります」

「ん?」

「団長様との会話中に、従騎士のリサという方がいらっしゃったのですが……その方に斬りかかられました」

「は?」


 椅子がきしんだ。マルスは背中の痛みを忘れて前のめりになる。

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