第4話 悪役貴族、辺境に着く ②
「これは……?」
ずしりと重みを感じながら引き上げる。出てきたのは黒地に金属の縁取りが施された立方体のケースだ。
どう見ても高級なケース。粗悪な生活必需品の中で、これだけが異彩を放っていた。
「札束でも入ってそうな重みだな」
マルスはケースを机に置いて、ワクワクしながら蓋を開けてみる。
丁寧に収納されていたのは、いくつかの見慣れない物体だった。
八面体のクリスタル。人の頭くらいの大きさだ。
それから、紋章が刻まれた手帳サイズの金属板。
同梱の巾着袋には、真っ赤なビー玉が大量に詰められていた。
「なんだこれ……?」
「アカスト用の通信具ですね」
隣でひょっこり顔を出したエリシア。その声はこころもち弾んでいた。
「アカストってなに?」
「なにって……『アルカナ・ストリーム』ですよ。知らないんですか? どこまで世間知らずなんです、あなたは」
「うーん」
原作『聖愛のレガリア』では聞いたことのないワードだ。隅々までやりこんだはずだから、そんな用語が出てきたら憶えていないはずはないのだが。
「アカストは、魔導配信プラットフォームです。全国のマナ・ネットに接続して、探索者がダンジョン攻略の様子を生中継します。視聴者は専用の機器を通して、リアルタイムで配信を視聴したり、アーカイブに記録された映像を見返したりできます」
「え。なにそれ、めっちゃおもしろそう」
「聖国民にとっては最先端の娯楽であり、探索者にとっては重要な収入源です。人気の配信者は視聴者や後援者から支援を受けていて、巨万の富を築いているとか」
「すごい。夢あるなぁ」
「ただし、その代償は命です。なにしろダンジョンですから。私も配信中に命を落とした探索者を何人も見てきました」
なんてことなさそうに言うエリシア。人の死を目にすることなど、この世界では珍しくもないのかもしれない。
「アカストのことになるとよく喋るんだな、エリシアは」
「……うっさいですね。名前で呼ばないでください」
「よく見るの? アカスト」
「日課です」
「へぇ」
マルスはおもむろにクリスタルと金属板を手に取った。表面に刻まれた魔法回路の美しさに感動する。
不思議なことに、この道具が何のためにあるのか、どう使うのか、なんとなく理解できる。まるで最初から知っていたかのように。
(このクリスタルがカメラで、こっちの板がインターフェースか)
そして、同梱の赤いビー玉が動力となる魔石。バッテリーのようなものだろう。
「けど、なんでこんなもんが入ってるんだ?」
「追放先で暇をしないように気を利かせてくれたのではありませんか。辺境の地では娯楽なんてないに等しいですし」
「そうだとしたら、親父さんに感謝しないとな」
ふっと笑みがこぼれる。久々に心の奥から湧き上がる興奮があった。
「エリシア。俺、配信やるぞ」
「……はい?」
「ダンジョンに潜って、配信するんだよ。人気が出たら金がもらえるんだろ? 用意された食糧も無限じゃないんだから、金を稼がないとな」
「……正気ですか? ダンジョン探索は危険です。命を落とすかもしれません」
「なに、心配してくれてるの?」
「ふざけないでください。あなたが死んだら、私の仕事がなくなるんです」
「でもその報酬って家族に送られるんだろ? エリシア自身には一銭も入らないんだし、どちらにしても仕事はしなきゃな」
「それは……そうかもしれませんけど。貴族崩れに過ぎないあなたが、人気配信者になれるとは思えません」
「そいつはどうかな」
マルスはにやりと笑みを浮かべた。
「こういうのは意外と、癖のある奴が人気を集めたりするもんだ。異端研究で追放された元貴族なんて、アピールポイントでしかないだろ」
エリシアはしばし言葉を失っていたが、やがて小さくため息をついた。
「……勝手にしてください。ただし、備蓄が尽きるまでに収益が出なかったら、諦めて普通の職を探してくださいね」
「任せとけって。がっぽり稼いで、楽させてやるからさ」
「あまり張り切らないでください。死んでもらっては困りますので」
「お、ツンデレか?」
「なぐりますよ」
「いてっ」
エリシアのパンチが肩に直撃する。
それでもマルスは、笑みを隠せなかった。
崩れかけたボロボロの家。寂れた辺境の村。泥に塗れた元貴族。
だが今、この手には世界と繋がる魔導具がある。
ここから始まるのだ。
配信で人生を変える、マルスの逆転劇が。




