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第35話 悪役貴族、の名演技?

(まずったか……?)


 〝俺〟がマルスに憑依したことは隠しておくべきだ、と思う。ただでさえ異端容疑で追放されているのだから、中身が別人になっているなんてバレたら状況は悪化するに違いない。


(エリシアに迷惑かけられないし。過去のマルスを知る相手には、それっぽい対応をした方がいいだろうな。えーっと……)


 記憶の中のマルスの姿を思い浮かべる。『聖愛のレガリア』内で描かれた小悪党の表情、振る舞い。背中の痛みを我慢しながら、いまさら大仰に脚を組んでみせる。


「変わったように見えるなら、お前の目がくすんだせいだろうな」


 できるだけ悪そうな表情を浮かべてみると、ブリジットが一瞬目を大きくし、すぐに悲しそうな笑みを浮かべた。


(お、今のはなかなかマルスっぽかった気がする。推しに対してこんな態度は気が引けるけど、背に腹は代えられない)


 彼女が何か言う前に、畳みかけるように口を開く。


「さっさと本題に入れよ。それとも、世間話をするためにこんな辺鄙までやって来たのか?」

「……いや、今日のところはお暇する。久々にそなたの顔を見て、冷静でいられないと気付いた。我々は村のはずれで野営する。明朝、頭を冷やして再度訪問しよう」


 立ち上がり、足早に去っていくブリジット。


「失礼する」


 呼び止める間もなかった。遠ざかる鈴の音を残して、彼女は部下の列へと戻っていった。

 拍子抜けし、呆気に取られるマルス。


「なんだったんだ?」


 マルスの呟きに、エリシアは胸に抱えた外套を見下ろす。まだ微かに香る鉄と草の匂いが、さっきまでの緊張を引き戻した。


「あ、忘れ物」

「冷静じゃないってのはホントみたいだな」


 マルスはフォローカムを手繰り寄せ、プレートを取る。

 コメント欄はブリジットについての意見で溢れていた。


「いや、マジで予想外の来客だった。これから騒がしくなるんじゃね?」


 深刻そうに言って即、弾けるような笑みを浮かべる。


「というわけで、今朝は生存報告アンド次回予告ってことで!」

「次回予告?」

「そう! 次回、グロワール騎士団襲来! マルス・ヴィルついに逮捕か? みたいな」

「洒落になりません」

「そっかなー」


 締めの挨拶をして配信を切るマルスを横目に、エリシアは外套を抱きしめる。


「あの方とは、知り合いなのですか?」


 マルスは答えに窮した。


(作中でのブリジットについては隅々まで知り尽くしたつもりなんだけどなぁ。マルスとの関係については、俺が知りたいくらいだ)


 プレートを伏せ、しばらく天井を仰ぐ。ふと、妙案が浮かんだ。


「エリシア、頼みがある」

「はい」

「そのマントを届けるついでに、ブリジットが俺のことをどう思ってるのか、探ってきてほしい」

「はい? どうして私がそんなこと」

「憶えてないんだ」

「……え?」

「十年前に何があったかなんて、とっくに忘れてる」

「では、あちらが一方的に……?」


 マルスは頷く。


「明日なにを言ってくるか知んないけど、予習みたいなもんだと思ってさ。あいにく俺は怪我人だし」

「元気に配信してたじゃないですか」

「そりゃ食い扶持だからね。エリシアを養うためのさ」


 にかっと親指を立てたマルスに、溜息で答えるエリシア。


「……わかりました。包帯を替えたら、すぐに向かいます」

「たすかる」


 庇われた負い目と、感謝もある。


(それにこれくらいなら、仕事の範疇だし)


 エリシアはそう自分に言い聞かせた。

 マルスとブリジットの関係を気にしている。その胸のざわめきに、気づかないふりをしたまま。

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