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第34話 悪役貴族、の推しは幼馴染?

 ブリジット・ラ・フィエリテ。

 彼女は『聖愛のレガリア』の登場する数少ない女性キャラクターのひとりだ。


 『鈴音の騎士』の二つ名を持ち、聖国が誇るグロワール騎士団の長として、主人公ティアナや攻略キャラ達をサポートするサブキャラ。

 しかし本筋のストーリーに大きく絡まず、中盤であっさり退場するためか、多くのプレイヤーには脇役として流されてしまう存在だった。


(けど、俺にとっては違う)


 女騎士然とした誠実さや、聖女ティアナに対する不器用な忠義。なにより彼女のビジュアルが好みにドンピシャだった。美麗な立ち絵に頭を垂れ、スチルがないことを誰よりも嘆いた。

 ブリジット関連の考察動画を何本も作ったし、彼女を主役に据えた二次創作を創作したこともある。

 マルスの『聖愛のレガリア』一の推しキャラであった。


(あのブリジットが、俺に会いに? なぜ? やっぱ夢?)


 動揺するマルスをよそに、彼女はふっと表情を綻ばせた。


「ひさしぶり、マルス。憶えていてくれて嬉しい」


 嬉々とした笑顔。

 その眩い輝きに、マルスの心はさらに大きく揺れた。

 彼女は薬草の積まれた籠を抱えていた。さきほどエリシアが放り捨てた物だ。


「これを」

「あ、ありがとうございます」


 エリシアが恐縮しながら受け取ると、ブリジットは小さく頷いた。


《誰?》

《すっげー美人》

《だんちょー知らない人いんの? 鈴音の騎士って、めちゃ有名人だぞ》


 リスナーの声を気にも留めず、騎士たちに短く合図を送り外で待つように指示する。そしてぼろ屋の扉を閉めると、外套を脱いでテーブルへと歩み寄った。


「立ったままでは話もしづらい。座ってもよいか」

「は、はい。どうぞ」


 籠を片していたエリシアは、慌てて外套を預かり、胸に抱きしめる。

 ブリジットは静かにマルスの正面に腰を下ろした。その所作は堂々としていて、若くして騎士団長の風格があった。

 対するマルスは、ただ呆然とした表情を浮かべている。


(ひさしぶり……って言ったよな? どういうことだ?)


 マルスはゲームでのブリジットを知っている。だから思わず名前を呟いてしまった。

 だが彼女は、まるで旧友に語りかけるように微笑んでいる。


(マルスとブリジットに接点があるとか、そんな設定知らないぞ)


 辺境に追放されたマルスを、ブリジットが訪ねる。そんなエピソードはどのルートにもなかった。


「あー……ブリジット?」

「うむ」

「実を言うと、かなり戸惑ってる。キミがこうして、俺の目の前にいるってことに」


 嘘偽りない本心。

 それをどう受け取ったか、ブリジットは神妙な面持ちになっていた。


「わたしも同じ思いだ。せっかくの再会が、よもやこのような形とは」

「……顔を合わせるのはいつぶりだっけ?」

「かれこれ十年になる」


 マルスは内心で目を剥いた。


(十年だって? つまりマルスとブリジットは、ガキの時の知り合いってことか)


 ブリジットは遠い目をして、口角をわずかに緩めた。


「今でも昨日のことのように思い出す。どうだ? 今のわたしを見て、どう思う?」

「……立派になったもんだ」


 マルスの視線は、自然とブリジットの胸元に吸い寄せられていた。外套を羽織っていた時には分からなかった、豊満な膨らみがこれでもかというほど自己主張をしていた。


「そなたのおかげだ」

「え?」

「十年前のあの日、そなたが道を指し示してくれた。おかげでわたしはグロワールの騎士団長にまで上り詰められた。感謝する、マルス」


 深く頭を下げるブリジットに、マルスはむず痒い思いをした。


(なんのことだかまったくわからねぇ……)


 作中にも資料集にもない裏設定なのだろうか。


(まぁ、なるようになるか)


 ブリジットが小さく咳払いをする。


「深手と聞いた。怪我の具合はどうだ?」

「あぁ……ま、見ての通りさ」

「大事ないようで安心した。この家のメイドは、いささか過保護なようだ」


 ブリジットに一瞥され、エリシアは頬を赤くする。


《責任を感じてるんだよ》

《エリシアちゃんを庇った傷ですからね》

《尊さを覚える》


 フォローカムが届けるコメントに、目を丸くするブリジット。


「庇った、とは?」

「大したことじゃない。昨夜、ダンジョンで少しね」

「メイドを連れてダンジョンに潜ったのか?」

「れっきとしたパーティメンバーだよ。なーエリシア?」


 エリシアは否定も肯定もしない。無言でコメント読み上げの機能をオフにする。


「驚いたな……そなた、人が変わったようだ」


 マルスはぎょっとした。

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