第29話 悪役貴族、危険なモンスターと戦う ②
通路奥の暗がりから十を超える同型モンスターが姿を現し、マルスへと向かってきたのだ。耳障りな金属音とモーターの駆動音が重なり合う。
「おおっと。ここでノーマルタイプの登場です!」
現れたスティール・ウルフは、キャノンタイプよりも二回りほど小さい。本来の狼ほどのサイズである。
「こいつら一匹一匹は大したことないんだけど、とにかく数が多い。足速いし、連携されたらかなり厄介。なので、できれば電撃系の魔法とかでサクッと処理したい」
《電撃魔法使えるの?》
「使えません! なので今回は――」
急制動をかけて立ち止まったマルスに、ウルフ達が一斉に襲いかかる。
マルスが身をよじる。攻撃を避けるためではない。
――ガシャァン!
天井から降ってきた無数の鉄杭。
マルスの足の裏には、トラップ起動の床板があった。
ウルフ達はもれなく串刺しとなり、バラバラに吹き飛ぶもののあれば、床に打ち付けられるものもある。
《は? うそやろ?》
《こんなの見たことねぇwww》
《目が点ですわ》
もちろんマルスは無傷。鉄杭の隙間からフォローカムを見上げていた。
「はい。罠ってのはこういう風にも使えます。怖いとか、苦手だからって理由で避けるより、むしろ味方につけた方がいい。そうすれば我が身を助けてくれる。人間関係と同じです」
しみじみと語るマルスの周りで、串刺しになったウルフ達が火花を散らしながら沈黙していく。
《ようわからんww》
《深い》
《罠と人間は違うのでは?》
喝采の空気は長く続かない。
マルスのすぐ前方で、キャノンタイプが赤い双眸をぎらつかせていた。その背の砲身は、すでに再装填を終えている。
「うおー。ちょっと待っとけよ」
マルスは急いで鉄杭の間から抜け出した。彼我の距離は二十メートル弱といったところ。
「あのキャノンってさ、昨日戦ったレッド・ガーゴイルの口についてたやつの小型版なんだよ。威力が下がってる代わりに連射が効くってわけ。これ豆な」
言いながら、エリマルくんを両手で構える。
その姿勢は、さながら打席に立つバッターであった。
刹那――轟音。キャノンが光を吐き出した。
圧縮された魔力弾が空気を裂き、直線の軌道でマルスめがけて飛来する。
「ほいっ!」
踏ん張りを利かせ、全身を捻る豪快なフルスイング。
金属がぶつかる衝撃音。エリマルくんが火花を散らし、魔力の砲弾を打ち返す。
弾道は正確無比。スティール・ウルフへ一直線。砲口に吸い込まれるように直撃すると、キャノンが内側から弾け飛んだ。魔力の光が混ざった、青い爆炎が爆ぜる。
キャノンを失い、強い衝撃を受けたことで、動力に異常をきたしたのだろう。ウルフの装甲の継ぎ目を、青白い光が駆け抜ける。
「ピッチャーライナー直撃。悪いね」
動かなくなった敵に背を向け、エリマルくんを担ぎ、歩き出す。
背後で大爆炎が轟き、スティール・ウルフは爆発四散。
エールフレアが炸裂し、配信画面をリスナーの歓声が埋め尽くした。
《やったあぁぁぁぁぁ!》
《危険指定種撃破ッ!》
《エグいwww》
《意味不明! これぞマルス・ヴィルって感じ!》
スティール・ウルフの残骸は無残にも床に散らばった。焦げた金属の臭いが鼻につき、戦闘の余韻を撒き散らす。
エリシアは目を見開いたまま、声も出せずに立ち尽くしていた。
数多の探索者が敵わなかった怪物の群れを、たった一人で返り討ちにした。信じられない光景を、彼女はただ呆然と見つめるしかなかった。
(あんなに、簡単に……?)
頭で理解はしている。
マルスが砲弾を打ち返し、敵を撃破したという事実。
だが、心が追いつかない。
人間にできていい芸当ではない。
「エリシアただいまー。無事? 今の見てくれた?」
ひらひらと手を振りながら戻ってきたマルスを見て、エリシアはようやく息を吐き出した。
「見て、いました。ぜんぶ」
それが、やっと絞り出せた言葉だった。震えはまだ残っている。恐怖も、混乱も消えてはいない。
けれど、彼女の胸の奥底には確かな感情が芽生えていた。
(この人は、本物だ)
曖昧だった予感が、確信に変わる。
安堵も束の間、マルスの足取りがふらりと揺れた。
「……っと」
彼は笑みを絶やさぬまま膝を折り、壁に手をつく。それでも踏ん張りきれずに、そのまま床にずるりと座り込んでしまう。
「どうしました?」
駆け寄ったエリシアは、彼の足元に滴る赤い液体を見て、慌ててマントをめくり上げる。
「うっ……!」
マルスの背中は、酷い状態だった。
衣服の布地はところどころ裂け、いくつもの破片が肉に点々と突き刺さっている。出血はそれほど多くないが、赤く染まった服が傷の多さを物語っていた。
エリシアは直感する。スティール・ウルフが初弾を放った際、マルスは着弾の衝撃と飛来する破片から、エリシアを庇っていた。背中の傷はそのとき負ったものに違いない。
脈絡なくマントを借りたのは、これを隠すためだったのだ。
「どうして黙っていたんですか!」
声が震えた。エリシアは手を止められず、必死に彼の肩に触れる。
「いやいや、大げさだって。こんくらいラクショーですよ」
マルスは息を荒くしながらも、にやけ顔を崩さない。
《グロいな》
《マルス無理するな!》
《神回避やぶれる》
コメントが騒然とする中、マルスはついにその場に倒れ伏した。




