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第3話 悪役貴族、辺境に着く ①

 いつしか雨はあがっていた。

 晴れ間から夕陽の光が差し込む頃。長旅に疲れた馬の嘶きが、静かな山あいの村にこだました。石畳の道の上、古びた車輪が軋む。


「到着だ。罪人マルス・ヴィル、落りろ」


 同行していた騎士に促され、マルスは荷台から降ろされる。


「おわっ」


 着地の際、ぬかるんだ地面に足をとられ、盛大にコケてしまった。重たい泥が半身にへばりつき、不快感に声をあげる。


「うわー。最悪だ」


 その様子を見ていた騎士が、バカにするように鼻を鳴らした。


「無様だな」

「そりゃどうも」


 マルスは強がって笑ってみせたが、心では泣いていた。


(はずかしー)


 泥を払い落しながら立ち上がると、エリシアが荷物を背負って軽快に降車していた。泥だらけのマルスには目もくれず、数歩離れた位置で居住まいを正す。

 騎士達はマルスの前に並び立ち、鋭い眼光を浴びせてきた。


「直立せよ! これよりは聖国の法と秩序に基づき、異端の大罪人マルス・ヴィルに対し、正当にして不可逆なる裁きを言い渡す! 傍聴者は沈黙を守り、当事者は神の前に真実を受け止めよ!」


 中央の騎士が、一枚の書状を取り出して目の前に掲げる。

 怒号にも似た声は村中に届き、いやでも住民達の注目を集めた。


「汝マルス・ヴィルは、聖国法典第十三章・特例追放規定に則り、現時点をもって西方辺境アルシュ・デア・ヴェルトへの永久追放とされた。これ以降、汝の名は公文書より抹消され、聖国臣民としての一切の権利を剥奪される。また、一歩でも当該地方から出た場合は脱走と見なし死罪に処す。聖国法のもと、また聖王陛下の御威光のもと、今ここに追放刑を執行する! 女神レガリアの聖鈴の響きも、汝には届かぬであろう!」


 騎士が猛々しく言い切ると、しばしの静寂が村を呑み込んだ。

 宣告が終わると、騎士達は速やかにその場を後にした。

 野次馬もそそくさと元の生活に戻っていく。誰もマルスと関わりたくないようだった。

 残されたのは泥まみれのマルスと、冷たい表情のエリシアのみ。


「ついに追放されちゃったかー。いやー、来ちゃったなー辺境」


 努めて明るく言ってみるも、虚しいだけである。


「重いので早く行きましょう」


 大荷物を背負ったエリシアが、マルスを待たずに歩き出す。


「え。あ、ちょっと待って」


 マルスは慌ててエリシアを追う。

 村の入り口から一望できる景色は、どこまでも地味だった。石造りの塀に囲まれた小さな家々は、どれも木と土で粗雑に作られている。屋根には苔が張り付き、煙突からは細く煙が立ち上っていた。家屋の傍には小規模な畑が設けられており、農作業をする村人たちがぽつりぽつりと見て取れた。

 村の外れには広がるのは、黒くうねった針葉樹林。遠くの崖に佇む古塔が、まるで村を見下ろすかのようだった。


「ド田舎すぎない?」

「辺境送りですから。当然です」

「たしかに」


 しばらく進んだところで、ふとエリシアが立ち止まった。


「あれがあなたのおうちです」


 エリシアが指さした先に、小さな石造りの家があった。

 扉は片方が傾き、かろうじて雨風をしのげる程度の状態。壁の一部には隙間があり、隙間風に苦労しそうだ。全体的にカビの匂いが漂っているようにすら感じた。


「ボロすぎる」


 マルスが思わずつぶやく。


「辺境ではむしろ上等です」


 ドライな態度を貫いてきたエリシアらしいコメントだった。

 重たい扉を開けると、むわっとホコリの匂いが鼻をついた。マルスは思わずむせ返る。家の中は、最低限の調度品があるだけ。


 質素な机と椅子が一組。

 かまどにはススがこびりついている。

 部屋の隅には寝台が二つ。板と藁を組み合わせただけのものだ。

 壁際の棚に木の食器がいくつか。

 その全てにホコリが被っていた。


「バレンタイン伯爵……父さんが、この家を用意してくれたんだっけ?」

「はい。『生きるための最低限は整えた』とのことです」

「……息子への愛がなさすぎる」

「ドラ息子への餞別としては十分すぎるほどでしょう」


 またしても容赦のない言葉が返ってきた。

 だが今はその距離感がありがたかった。優しい慰めより厳しい現実のほうが、今の自分には馴染む気がする。


「家があるだけありがたいよな」


 呟くマルスをよそに、エリシアが無言で荷物を運び込み、荷ほどきを始める。


「俺も手伝うよ」

「勝手にどうぞ」


 家の隅には、父から送られたと思しき木箱が二つ。そのうちの一つを開けてみると、中からは保存食や生活用品が現れた。乾燥肉、塩、固い保存パン、マント、包帯、ランタン、文具、そして何冊かの本――生活に必要なものが一通り揃っていた。

 そして、もう一つの木箱を開けた時、マルスの手に冷たい金属が触れた。

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