第14話 悪役貴族、バズる! ②
「猛き炎よ――」
エリシアが手のひらを掲げ、レッド・ガードイルの頭部に照準を定める。
「――刃となりて敵を撃て」
その手に収束した魔力が、魔法陣を浮かび上がらせ、赤と青とにひらめく。
「フレイムボルト!」
放たれる紅蓮の矢。
ホコリっぽい空気を裂いて一直線。レッド・ガーゴイルの頭部に突き刺さり、一拍遅れて強く爆ぜる。爆裂音とともに魔力核が露出。
ホールに分厚い悲鳴が響く。鉛の巨体が大きく揺れた。
だが、まだ倒れてはいない。
「やりましたよ! この後どうするんです!」
「ようやく俺のターンやってまいりましたぁ!」
マルスはレッド・ガーゴイルに向かって駆け出すと、落ちていた鉄の棒を掴む。
(あれ、私が捨てた棒)
そして、大きく傾いたレッド・ガーゴイルの体に飛び乗り、四肢を伝って頭部まで駆けあがっていく。
辿り着いた頂上。マルスの目の前には、剥き出しになった青い魔力核。
マルスはプレートを操作し、核のアップを映す。
「リスナー共! しっかり見とけよ!」
それは、運命に導かれた一撃だった。
マルスが振り下ろした鉄棒が魔力核を打ち砕いた。その瞬間、甲高い金属音がホールに響き渡る。
青白く脈動していた魔力核に、網目状のヒビが走り、そして砕け散った。
レッド・ガーゴイルの全身に、ビリビリとした痙攣が走る。関節部から蒸気が噴き上がり、軋む音とともに膝が折れた。
「うおっと」
マルスがバランスを崩し、ガーゴイルの頭から転がり落ちる。
その直後、轟音とともにレッド・ガーゴイルが真後ろに倒れ、二度と動かなくなった。
魔力核が失われたことで、凝縮されていた内部のエネルギーが霧のように空中へと拡散していく。
静寂。
長い沈黙のあと、堰を切ったようにエールフレアのエフェクトが花火のように連続した。
《討伐成功!》
《まじかぁぁぁぁ!》
《奇跡すぎるwww》
《あれで死なないのも奇跡だし、勝ったのはもっと奇跡》
《マルス様かっこよすぎ……完全に推せる》
《間違いなく神回》
《これが異端魔術なのか……?》
コメント欄が沸騰する。
称賛、疑惑、驚愕、そして――考察。
マルスが塵まみれの床から身を起こす頃には、すでにリスナーたちは新たな『伝説のはじまり』を目撃した空気に酔っていた。
「勝った……の?」
エリシアが呆然と呟く。
マルスは立ち上がり、ぼろぼろの服を払った。どこかのんびりとしたその仕草には、緊張の名残も感じられない。
まるでただ、日常の延長でボスモンスターを倒したかのようだった。
「どうだ見たか! 俺とエリシアの連係プレー! 最強パーティ爆誕だろ!」
フォローカムに向かってサムズアップするマルスに、エリシアは言葉を失った。
軽薄な振る舞いの裏に隠された『何か』を、感じずにはいられない。
誰しもにそう確信させる、文句のつけどころのない戦果だった。
だがマルスは、あくまで飄々と笑う。
「いやー、それにしても完璧だったな。ボスの大技を耐えた後のエリシア登場、力を合わせて決着。カメラ位置もずっと最高だった気がする」
エリシアはまだ信じられなかった。
マルスは戦況をコントロールし、配信映えを計算し、勝利の瞬間まで完璧に読み切った。
まるで、最初からすべてそう決まっていたかのように。
「はいっ! というわけで本日のボス、レッド・ガーゴイルの討伐。無事成功いたしました~! 応援ほんっとにありがとうございました! 次の配信も見てくれよな! では、ごきげんよう!」
狂乱と、歓喜と、違和感の真っ只中で、初配信は終了した。
この配信が、後に世界を揺るがす事件の幕開けになるとは、マルスは知る由もない。




