第11話 悪役貴族、死亡確認!? ①
マルスが配信を開始する直前。
早々に通路へと逃げ出したエリシアは、扉に身を寄せてホールを覗きこんでいた。
視線の先では、金属の巨獣が咆哮を放ち、マルスに猛攻を仕掛けている。
だが、当のマルスを意に介することなく、手元のプレートと浮遊するフォローカムを交互に見ているだけ。
階層主を前にして、あまりにも異様な振る舞いであった。
(どうなってるの……?)
エリシアは自分の目を疑う。
マルスは、ボスの攻撃を『たまたま』かわし続けている。
視線も、意識も、すべて配信に向けながら。
(どうして避けられるの……? 見てすらいないのに……!)
異常だった。
立ち位置の偶然。
転んだ拍子に避けたのもそうだ。
画角を気にして歩いたその数歩が、攻撃を回避する最適解となっており、カメラを調整しようとしてずれた半歩で致命の一撃が逸れていった。
視線も意識も、配信のことにしか向けられていないはずなのに、なぜか当たらない。
(おかしいでしょう……!)
ふと、胸の奥に小さな違和感が生まれる。
マルスは凡人だ。騎士の修練も魔術の教育もまともに受けてはいない。なぜなら才能がなかったから。
そのコンプレックスがきっかけとなって、彼は異端魔術に傾倒した。少なくともエリシアはそう聞かされていたし、世間の評判とも合致していた。
だからこそメカ・スパイダーとの戦闘ではエリシアが矢面に立ったのだ。あんな男でも一応は主人であるから、死んでもらっては困ると。
「ありえない。なんなの、あの人」
思わず漏れた呟きが、かすかに聞こえてくるコメントと重なった。
《大型新人あらわる》
《ボス部屋でふざけるヤツ初めて見たわ》
《なんかアーティファクト使ってる?》
エリシアははっとした。
アーティファクト――それは、古代文明が遺した神秘の遺産。
神々の残光とも称され、手にした者に絶大な力を授けるとされている。
もともとダンジョン探索は、このアーティファクトを求めて始まった。
というのも、莫大なエネルギーを秘めたそれらは、ダンジョン生成の要因となることが多く、必然的にダンジョンの深部に眠っているからだ。
(たしかに、アーティファクトを持っているのなら、あの異常性も納得できる)
けれど、辺境に持ってきた荷にも、家にあった物資にも、それらしきものは見当たらなかった。
「まさか、あの黒い宝石が……?」
マルスが〈虚無核〉と呼んでいたものが、アーティファクトだったのではないか。
そんなエリシアの憶測を遮ったのは、マルスのプレートから鳴り響いた小気味よい効果音だ。
「エルフレ灯ってる……」
呆れるような想いだった。あんなふざけた配信者に投げ銭を贈るなんて。
(リスナーは一体なにを考えて……え? あれって――)
その時、エリシアは気付いてしまった。
階層主が魔法攻撃の準備をしていることに。




