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第10話 悪役貴族、ボス戦突入!

 塔の床が低く唸りながら震えた。

 明らかに、さきほどのメカ・スパイダーとは格が違う。重たい金属がこすれるような重々しい音が、空間の奥から少しずつ――確実に――近づいてくる。


 次の瞬間、闇から現れたのは、甲冑をまとった巨獣。

 分厚い金属の外殻に鋲のような突起が並び、全身を囲む装甲が鈍い光を跳ね返す。その四肢が一歩踏みしめるたび、塔全体が軋むようだった。


 階層主。ダンジョンの各層の最奥を守る、いわゆるボスモンスター。

 にわかに突進してくる巨体を尻目に、マルスはにやりと笑い、カメラに顔を寄せた。


「どもー。辺境追放系男子マルス・ヴィルでーす! 本日初配信! 追放された元貴族が、ダンジョン攻略で一発逆転狙ってまーす! どうぞヨロシクぅー!」


 あらためての自己紹介。

 その瞬間、視聴者カウンターが動き始めた。

 一人。

 二人。

 十人。

 コメント欄に最初の反応が書き込まれる。



《誰こいつ?》

 至極もっともな反応だったが、マルスは不服だった。


「え? 俺をご存じでない? 異端魔術研究で断罪されたバレンタイン伯爵家の嫡男なんだけど。あ、元ね!」


《マルスってあの追放された貴族の?》

《え、マジで。号外で見たわ》

《ホンモノ?》


 プレートから鳴る読み上げ音声を聞いたマルスは、鼻を高くして腕を組む。


「ホンモノだぞー。アカストドリーム目指してダンジョン攻略するから、みんな応援してくれよな!」


 マルスの声にかぶせるように、ボスモンスターの咆哮が轟いた。

 空間がビリビリと震え、粉塵が舞う。


「あーうるさいな! 俺の声が入んないじゃん!」


 ボスの咆哮が終わると同時に、四本の脚が地を蹴った。

 突進というにはあまりに重く、遅い。しかしその一歩一歩が、質量の暴力そのものだった。


《うしろうしろ!》

「え? うしろ? うわっ」


 マルスは振り返ろうとして、転がってきた瓦礫に足を取られる。

 体勢を崩した彼の頭上を、巨大な鉄の爪が音を立てて通り過ぎていき、石柱をドカンを砕き折った。


《え? 避けた?》

《うおぉ! スゲー!》

《死んだかと思ったwww》


 ボスが次の動作に入るより先に、マルスは自分の足元を気にし始める。


「うわ、石ころ多すぎ。みんな見て、これ絶対こけるやつ」


 そう言って、配信カメラに向けて足元を映し出す。


《環境紹介すなww》

《ボス映せwww》

《こいつ舐めてるだろwwwwww》


 コメント欄はにわかに盛り上がり始めていた。


「失礼な! こっちは至って真剣だわ!」


 言いながら、マルスはプレートとにらめっこをして、画角の調整を行う。


「えーっと、ボスを映すには……どうやるんだ? これ――」


 次の瞬間、ボスの尻尾が一閃。鈍い風切り音とともに、大気ごと空間をなぎ払う。

 即死の気配――その一撃を、マルスは立ち位置調整のために一歩ずれることで回避。

 尻尾は服の袖を掠めて、空を切り裂いた。


「うおっ……今の当たってたら死んでたよな?」


 自分でも信じられない、といった口調でつぶやく。

 画面右上のプレートに表示されたリスナーは、すでに三百人を超えていた。コメントも一気に加速する。


「おっ、けっこう見てくれてるじゃーん。初見さんはじめましてーって、全員初見か」


 迫る鋼鉄の巨体をよそに、フォローカムにむかって手を振る。


《いいから戦えよwww》

《え、これ初配信なんだよね? なんでいきなりボス戦?》

《舐めてるようにしか見えないけど、なんか当たってないの意味わからんww》


 マルスはボスの姿がきっちり映るように、配信画角を気にして歩き回っていた。

 その動きが、奇しくもボスが繰り出す猛攻をことごとくやりすごす回避行動になっている。


《追放貴族のマルスじゃん! 俺知ってる!》

《神回避》

《わたし女だけど割とこの子タイプかも》


 数字が加速度的に跳ね上がる。千人を超え、二千、五千と瞬く間に急増。

 コメントも爆増し、プレートに書き出される文章を目で追えない。音声読み上げも、アカストのプログラムよってに厳選されたコメントのみになっていた。

 それを確認して内心ほくそ笑む。


(初配信でこんなにバズるなんて、マルスはカリスマ性のカタマリなのかもな)


 あくまでキャラとしてのマルスを評価しているのであって、憑依した〝俺〟に対する評価ではない。

 ゆえに彼は、決して自惚れなかった。


「よし、いい感じだな」


 最適の画角が見つかると、ようやくボスモンスターとまともに対面する。


「ちゃんと見るとメチャメチャでかいなー。でもま、楽勝っしょ」


 実はマルスには秘策がある。

 このボスモンスターはゲーム内で『レッド・ガーゴイル』と呼称されていた。

 このレッドとは赤いという意味ではなく、鉛を意味している。

 重金属の体は防御力に優れているが、その反面で熱に弱いというわかりやすい弱点もあった。


(エリシアの魔法があれば、サクサク討伐できるって寸法よ)


 にやりと口角を上げ、振り返る。

 エリシアの姿は見当たらない。


「えっ」


 マルスの戸惑いをかき消すように、レッド・ガーゴイルの甲高い咆哮がドームを震わせた。頭部にある王冠のような意匠に、魔力の輝きが集まっていく。


「必殺技じゃん」


 ダメージを与えて攻撃を中断させたいが、マルスにはろくな攻撃手段がない。


《これ死んだ?》

《初配信で引退確定》

《逃げて逃げてー》


 投げ銭と共に送られたコメントが、小気味よいエフェクトに合わせて読み上げられる。


「なにこれ?」


 エールフレア。いわゆる課金コメント。優先的に表示され、配信者に応援の意思を伝えることができるシステムだ。配信者の主な収入源でもあった。

 だが、マルスはそれを知る由もない。


「まぁいいや。せっかくの必殺技だし、アカスト映えを狙おう」


 せっせとマナをチャージするレッド・ガーゴイルと目の前で、フォローカムの位置を調整するマルス。


「これでいいだろ」


 配信画面には、笑顔でピースするマルスがアップで映され、その奥には今まさに大技を放たんとするボスの姿があった。


「いえーい」


 そして、放たれるマナの奔流。

 眩い閃光と共に撃ち出された極太のレーザーは、マルスを吞み込んでドームの端まで吹き飛ばした。

 激しいエネルギーに翻弄され、壁に激突。


 金属の壁は爆ぜ、変形してぽっかりと大穴を開けている。

 レーザーが収束した後、配信画面にマルスの姿は映っていなかった。

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