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第1話 悪役貴族、追放される

「マルス・ヴィル・バレンタイン! 貴様に判決を言い渡す!」


 白銀の柱が林立する審理の間に、威厳ある大音声が響いた。


「バレンタイン伯爵位継承権の剥奪および、辺境の地アルシュ・デア・ヴェルトへの追放刑に処する!」


 祭壇に立つ王太子エドワードが下した沙汰は、死刑宣告にも等しい。

 貴族達の冷たい視線とざわめきが、この場を満たしていた。


「……は?」


 断罪されたマルス・ヴィル・バレンタインは、手首を縛られ跪いたままの姿勢で呆然自失とした。

 科刑に驚いたからではない。そもそも彼は現状を理解できていなかった。

 なぜなら彼は、マルスであってマルスではないからだ。


(え、ちょっと待って? 剥奪? 追放? は? マルスって誰? え、俺?)


 まったく意味が解らない。

 そもそもここはどこなのか。

 ついさっきまで、ベッドの上でゲームをしていたはずだ。


(これ夢か? 寝落ちしちまったのか)


 だが夢にしては、身体の感覚や周囲の景色がやけにリアルだった。


「聞いているか! マルス・バレンタイン!」


 エドワードの怒号が耳をつんざく。


「いや、すでにバレンタインではないか。貴様はただのマルス・ヴィル。異端のマルスに過ぎん」


 異端のマルス。

 その名前には聞き覚えがあった。


(俺がやってるゲームの悪役の名前じゃねーか)


 女性向けアドベンチャーゲーム『聖愛のレガリア』。

 イケメンヒーロー達との恋愛を疑似体験できる生粋の乙女ゲーでありながら、作りこまれたアクション要素とバトルシステムから、コアゲーマーのファンをも獲得した名作である。


 しがないゲーマーであった〝俺〟も、『聖愛のレガリア』の虜になり、生活の一部になるくらいやり込んでいた。プレイ時間は五百時間を超え、聖レガ界隈の第一人者を自負しているほどだ。


(俺が、マルス? どういうことだ?)


 マルス・ヴィル・バレンタインは、『聖愛のレガリア』第一章で退場するチュートリアルボス的な存在。禁忌とされた古代魔術を研究し、世界の破滅を目論む悪役貴族である。


(これってつまり、憑依ってやつ? は? 夢だろ)


 マルスの思考を制したのは、透き通るような少女の声だった。


「異端魔術への傾倒。聖紋の改竄。マナ・ネットワークへの不正干渉」


 エドワードの隣で凛然と言葉を紡ぐのは、純白の法衣を身に纏った身目麗しき少女だ。


「マルス・ヴィル。あなたのやったことはすべて、神への冒涜に他なりません。辺境の地で懺悔の余生を送ってください」


 聖女ティアナ。

 その浮世離れした美貌を見上げて、マルスは息を呑んだ。


(ホンモノだ……マジモンのティアナだ)


 マルスの悪事を暴き、辺境へ追放した張本人。

 他でもない。『聖愛のレガリア』の主人公である。


「本来ならば死罪は免れませんが……バレンタイン伯爵家の功績を鑑み、辺境送りと致します」

「フン。外道めが。ティアナの慈悲にむせび泣いて感謝するがいい」


 ティアナとエドワードが、それぞれの表情でマルスを見下ろす。

 『聖愛のレガリア』の主人公とメインヒーロー。


(さっきまで、ティアナを操作してエドワードを攻略してたんだけどな)


 現実味がなさすぎる。ゲームのやりすぎで頭がおかしくなったのか。

 だが、この身体に残ったマルスの記憶が、ただの夢ではないと教えてくれる。


「異端魔術に手を出すとは……神罰を恐れぬのか」

「愚かなだけであろうよ。バレイタイン伯爵家始まって以来の出来損ないと聞く」

「伯爵も気の毒なことだ。跡取りがあのザマではな」


 周りの貴族達の悪口は、右から左へ抜けていく。

 呆けたままのマルスに対し、怒り顔のエドワードが苛立ちを募らせていた。


「貴様ッ! 黙りこくって、ふざけているのか! なんとか言ったらどうなんだ!」

「いや、ふざけてないっスよ」


 状況が呑み込めてないだけである。


(ワケわかんねーんだよ、こっちは)


 なんとか絞り出した声だったが、火に油を注いだようだ。

 エドワードは先程にも増して烈火のごとく激怒した。


「なにをボソボソ喋っている! 聞こえないぞ!」

「スンマセン」


 緊張で声量も出ないし、カタコトになってしまう。強い敵意を向けられることに慣れていないのだからしょうがない。

 なんとか弁明しようと、マルスは努めて口を動かした。


「なんていうか、その……正直俺も全然よく分かってないっていうか。そもそも俺マルスじゃないし、たぶんゲームの中に来ちゃったんだと思うんスけど。へへ。あ、知ってます? 『聖愛のレガリア』って。わかんないっスよね? なんつーか憑依? みたいな感じじゃないかと考察とかしちゃったり――」

「やめなさい!」


 突然ティアナが叫んだ。


「異端魔術の詠唱です! 彼を止めて!」

「えっ」


 場はにわかに騒然となる。

 だが一番驚いていたのはマルスだった。

 ただ早口で一生懸命説明していただけなのに、ボソボソ喋っていたせいで呪文の詠唱だと誤解されてしまった。


「貴様ッ!」


 エドワードが剣を抜き、マルスに飛びかかる。

 後ろ手に縛られていることもあって、あっという間に組み伏せられてしまった。首筋に剣先の冷たい感触が伝わる。


「この期に及んで悪あがきか!」

「ちがうちがう! 誤解! 誤解だって!」


 ようやくはっきりと声が出たものの、時すでに遅しだった。


「ティアナ! やはりこいつはここで処刑するべきだ。生かしておく価値などない」

「なりません殿下。いかなる理由があれ、貴族として生まれた者を死罪にすることはできません。それが神の御意思です」

「しかしっ」

「ここで彼を斬れば、あなたも神の御心に背くことになるのです。私はそんなこと望みません。あなたは、いずれ聖王になられるお方なのですから」

「……ティアナの言う通りだ」


 強く猛っていたエドワードの怒気がふっと消える。

 聖女の清らかな声が、怒りに囚われた彼の心を浄化したのだ。


(うわ。マジでゲームと同じ展開じゃん)


 マルスは混乱していたが、頭の片隅に冷静な思考が残っていた。憑依した自覚に乏しく、他人事のように感じるせいだろう。


「マルス・ヴィル。ひとかけらでも良心が残っているのなら、ご自身の罪を甘んじて受け入れなさい。悔い改めて贖罪に生きれば、再びレガリアの鈴の音を聞くことも叶いましょう」

「……ハイ。わかりました」

「よいお返事です」


 聖母のごとき微笑みを浮かべるティアナ。


「冒涜の徒に慈悲をかけるとは、なんとお優しいことか」

「ティアナ様はまさに神が遣わした聖女であられる」

「ハッハ! みな喜べ! 聖国の未来は明るいぞ」


 口を揃えて彼女を褒めそやすエドワードはじめ貴族達が、マルスの目には滑稽に映った。


(とんだ茶番だな。でもこれなら、とりあえずティアナに従っておけば死にはしないだろ)


 ゲームの中でも、マルスは殺されず追放されただけだった。


(つーか。夢なら早く覚めてくれよな。御免だぜ、悪役視点の外伝なんてさ)


 心中で溜息を吐く。

 目を覚ませば退屈な日常が帰ってくるはずだ。

 まったく、そうに違いない。

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