第76章 ― 宣戦布告・後編
「この物語は歴史と普遍的な神話に基づいたファンタジーです。やがて神道の神話も登場します」
「アテナ様……ごめんなさい、俺たち――」
ロドリゴが言いかけた、その瞬間。
「もちろんよ、ロナウド。さあ言いなさい。友達を二人失って、どれだけ絶望してるか。で、あのクソ女に計画を弄ばれて、どれだけ悔しいか」
アテナは皮肉たっぷりに返した。
「ルイのお母さんと友達が死んだんだよ!!」
アンナが怒鳴った。怒りで震えていた。
「人間なんて、いつだって死ぬわよ、アンナちゃん」
アテナは氷みたいに冷たく言った。
「じゃあ人間の命は軽いってこと? どうでもいいってこと!?」
アンナが食い下がる。目が燃えるように怒っていた。
アテナは黙り込み、右手に頬を預けた。
「……分かったわ。私もイライラしてる。許して、ロドリゲス」
女神はそう言った。
「戦いたくないなら、それでもいいよ、マスター。でも――私たちは火星に行って、あのクソ野郎を倒す」
アンナは言い切った。
「うん。すぐ出発するよ」
エポナも強い声で続ける。
「ロドリゴ、あなたも来るよね?」
エポナが尋ねた。
ロドリゴは黙って頷いた。
「正気か? 相手は戦神だぞ。トテマが死んでいても異常に強い。お前たちだけで勝てるはずがない。それに、この少年はトテマすらない」
ホルスが叱りつけた。
「関係ない」
アンナは睨み返した。
「友達を救えないなら、私たちって何のためにいるの?」
エポナもホルスを睨んだ。
「君たちはこの組織の重要戦力だ。許可なくパラスを出て、勝手にどこへでも行けると思うのか?」
ホルスが言い返す。
「行けるよ!」
「行けるに決まってる!」
二人の女神が同時に言った。
「いい? あなたたちの知らないマラク一人を助けるために、私は“私の”仲間を二人失ったの。すごく大切な友達よ」
アテナは席を立ちながら言った。
「分かってる」
エポナが短く答えた。
「単純な計算だ。マラク一人のために、これ以上の戦力を賭けるわけにはいかない」
ホルスが言った。
「その通り」
アテナも同意した。
二人の女神は、悔しさを噛み殺すように俯いた。怒りで静かに震えている。
「だから――私がホルスと一緒に行く。あのクソ野郎を殺して、リクビエルとサミヤザの仇を取る」
アテナが宣言した。
ホルスは固まった。驚きすぎて、しばらく声が出なかった。
「は? なんで俺まで!?」
ホルスが怒鳴った。
アンナとエポナは目を見開いた。
ロドリゴは思わず、少しだけ笑ってしまった。
「だってこれは、私たちへの“直接攻撃”よ、バカ。仲間の命がどうでもいいの? 彼らの家族に何て言うの? 『アレスが頭を床に叩きつけて潰したけど、まあ仕方ないよね』って?」
アテナが噛みつくように言った。
「でも、戦力を賭けるべきじゃ――」
ホルスがぶつぶつ言いかけたが、アテナが遮った。
「いいから黙って、ホルス。戦神の落ちこぼれどもが、あなたに勝てると思う?」
「……思わない」
ホルスは渋々答えた。
「じゃあ、何?」
アテナが詰める。
「……分かったよ。でも、パラスは誰が守る?」
ホルスが不機嫌そうに言った。
「評議会に任せなさい。彼らを信用できないの?」
アテナが言う。
「火星へ行かれるなら、我々がこの星を守りましょう」
ミルディンが言い、アスクレピオスも頷いた。
「ほらね?」
アテナが言う。
「ア・アテナ様……ぼ、僕たちも……戦いたいです」
ソルが緊張しながら言った。
「ソル、ミトラス。あなたたちには危険すぎる。パラスに残りなさい」
アテナは即答した。
「戦えます。証明したいんです、アテナ様」
ミトラスがきっぱり言った。
「ぼ、僕たちが……つ、強いってこと……」
ソルも続ける。
「それに……僕たちは、弟子のエポナと一緒に戦いたい」
ミトラスが言った。
エポナは微笑んだ。
「きっと大丈夫だよ、アテナ」
彼女は言った。
「……分かった。でも死ぬな」
アテナは渋々許可した。
「はい、アテナ様」
二人は同時に答えた。
「じゃあ、宮殿の中央庭園で集合……えーっと……時間換算ほんと嫌い」
アテナがぶつぶつ言いながら計算し始めた。
(知恵の女神って、こういうの苦手なんだ……)
エポナは内心でツッコミを入れた。
「ホルス。神時で十二時間って、パラスだと何時間?」
アテナが訊く。
「だから言っただろ。比例計算しろ」
ホルスがため息まじりに言う。
「数学きらい!」
アテナがキレた。
「パラス時間でだいたい二十四時間です、アテナ。秒は地球と同じですよね?」
エポナが助け舟を出した。
「ほら。超簡単じゃない。役立たずの鳥頭」
アテナがホルスに言い放つ。
「自分でできただろ」
ホルスが言い返す。
エポナは、二人とも基本換算すらできないことに軽く引いた。
レルの神々は、標準化された時間体系を使っていた。
人間が“六”を基準にするのに対して、彼らは“五”を基準にする。
そのせいで、神時と通常時間の換算はいつも頭痛の種だった。
レルでは、一日が十時間。
一時間は百分。
一分は百秒。
その体系の一日は、人間の約二十時間に相当する。
つまり、レルの一時間は地球やパラスの約二時間分だった。
「よし。地球時間で十二時間後――パラスだとほぼ一日後。中央庭園に集合。火星へ向かう。いい?」
アテナが言った。
「了解」
全員が答えた。
解散の流れになり、ロドリゴはアンナに近づいた。
「時間換算ってほんと面倒だよな……」
彼が言う。
「まだマシだよ、ルイ。アンナの故郷は一日が七時間で、七進法なんだよ。しかもその七時間が、人間の三十六時間ぶん……」
アンナは背中をぽんぽん叩いた。
(何言ってるのか全然わからん……)
ロドリゴは心の中で呟いた。
タニアは少し後ろを歩き、距離を置いていた。
――ロドリゴを殺さなきゃ。
十二時間後、首を落とさなきゃ。
アンナを失う。でも、何百人もの命を救える。
タニアは、アンナの隣を歩く少年を見つめながらそう思った。
――しかも、あいつは……タニーン。
やるしかない。強くなれ、タニア。
お前は昔、無辜の人間を殺した。なら、またできる。
彼女は自分に言い聞かせた。
「タニア、具合悪いの?」
後ろからエポナが近づいた瞬間――タニアは反射的に攻撃しようとした。
「えっ!? な、何なの!? どうしたの!?」
エポナが飛び退き、驚きの声を上げた。
「……な、何でもない……任務が不安で……ごめん、エポナ」
タニアは炎の爪を引っ込め、足早に離れた。
(何なの……? ここ数日ずっと変。何があったの?)
エポナは首をかしげた。
宮殿の外で、アスクレピオスとミルディンがロドリゴとアンナに近づいた。
「二人とも、聞きなさい」
ミルディンが言った。
「今日は休め。イコルを完全に回復させるんだ」
「アンブロシアは少ないし、多くは持ち運べない。だからイコルは満タンにしておけ」
アスクレピオスも続けた。
ロドリゴは軽く頭を下げた。
「短い期間でしたけど、訓練ありがとうございました。俺、頑張ります」
彼は言った。
「礼はいらん。……勝て。いいな」
アスクレピオスはそう言い、ミルディンと共に去った。
「勝てると思う?」
ロドリゴがアンナに尋ねた。
「アテナ先輩がいるんだもん。余裕だよ」
アンナはにこっと笑った。
タニアは一人で宮殿を出ていき、エポナが後ろについていった。
「タニア、エポナ……部屋に一緒に戻ろ?」
アンナが尋ねた。
「うん、行くよ」
エポナが答えた。
「……私は……ここにいる」
タニアはまだぼんやりしたまま言った。
「そっか……」
アンナが小さく頷き、アンナとエポナとロドリゴは飛び去った。
庭園に座り続けたタニアは、誰にも聞こえない声で呟いた。
「許して、ロドリゴ……許して、アンナ……。
バアル・ハモン……私は命を守れるって証明する。
あんたみたいな……呪われた怪物とは違うって……」
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




