第70章 ― オルニスケム・後編
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
「皆、以前にも話したけれど――北欧の神々は私たちとの同盟に興味を示している。ただし条件がある。
ヴィンランドでオーディンを見つけることよ」
アテナが言った。
全員がうなずいた。
「し、失礼します、師匠」
アンナが口を挟んだ。
「デンマークの戦争は、どうなったの? それから……トールとロキは?」
「良い知らせよ。戦争はすでに終結したわ」
アテナは落ち着いた声で答える。
「ロキが支援した側がハラルド王を打ち破り、彼はアロスから逃亡した。流血は止まり、ロキはオーディンが力を回復できるよう、“信仰の砦”を築いた」
アンナは混乱した。
自分たちは戦争を止めるために介入したはずだった。
だが戦争は、彼女たちが何かを成す前に終わっていた。
そもそも内戦を始めたのは、レルに支援された王――ハラルド自身だった。
自分は間違った側で戦っていたのではないか。
そんな疑念が胸をよぎる。
だが、スルトの残虐さを思い出し、不快感が再び込み上げた。
(アテナ先輩の部下たちも……あの巨人みたいなの?)
アンナは思った。
彼女は、アテナの強烈な人間不信を知っている。
人間は弱く、本質的に暴力的で、だからこそ神による専制的支配が必要――アテナはそう考えていた。
――なぜ、そこまで人間にこだわるの?
昔、アンナがそう尋ねたことがある。
「よく分からないの、アナンド」
アテナは当時、そう答えた。
「神々が彼らを“エネルギー資源”として見るようになってから、私は逆に興味を持った。弱くて好戦的で……秩序を与えたくなったのよ」
「利用するのは残酷だと思った。でも、彼らが互いに殺し合うのを見るのも耐えられなかった。だから私は話し合い、より良い統治の形を作ろうとした」
「……けれど結局、私の民は蛮王の下に落ち、メソポタミア、ペルシャ、インドで何千人も死んだ。それでも人々は、彼を偉大な王として崇め続けた」
――アレクサンドロス大王。
アンナはそれが誰を指しているのか、すぐに分かった。
「だから私は、人間を信じるのをやめた。でも、それでも……彼らにとって最善を望んでいる。私たちと大差はない。
もし私たちが優れているなら、守るべきなのよ。――私たちからも、彼ら自身からも」
(この集団は……結局、アテナ先輩が人間を家畜のように支配したい欲望の延長なのかな)
アンナは一瞬そう思った。
(でも……レルに比べれば……少なくとも、今は私たちを殺そうとはしてない)
そう考え、彼女は現実に意識を戻した。
「私、置いてきた地域が心配……ヒスパニアとアイルランド」
タニアが言い、アンナの意識を引き戻した。
「アンナはあまり気にしてなかったけど、私はイビサを本気で守ってきたの」
「レルは、すでに代行者を配置している可能性が高いわ」
アテナが答えた。
「状況は、もう把握しているでしょう」
タニアは暗い表情で座り込んだ。
自分の民を見捨てたのではないか――その不安が胸を締めつける。
彼女はキリスト教徒とイスラム教徒の戦争も、ヴァイキングの襲撃も知っている。
直接介入はしなかったが、イビサの人々を気にかけていた。
島はヴァイキングにとっても、キリスト教勢力にとっても、あまりに脆弱だ。
(……考えるのはやめよう。人間に情を持っちゃダメ)
そう言い聞かせても、罪悪感は消えなかった。
「話を戻そう」
ホルスが割って入る。
「この子たちをヴィンランドに送り、オーディンを探させるのか?」
「いいえ」
アテナは即答した。
「この子たちは、まず友を救いたい。その友は現在レルに囚われている。
だから先に鍛える必要がある」
「では、僕がヴィンランドへ?」
ホルスが尋ねた。
「いいえ。その任務は、帰還直後にベローナへ任せたわ。だから彼女はいない」
「ホルス、あなたと私は、この子たちと共にレルへ向かう」
アテナは続けた。
「待て! レルに入るだと!? 正気か!」
ホルスは立ち上がり、叫んだ。
「あら、忘れてたわ。あなた、弱いものね」
アテナは嘲笑した。
「ベローナが戻るまで待ってれば?」
「僕の方が彼女より強い!」
ホルスは自分を指さして怒鳴る。
「じゃあ、何を怖がってるの?」
アテナは淡々と言った。
ホルスは黙って座り直した。
「レル内部で誰かを救うなど、割に合わない」
彼は苛立たしげに言う。
「よほど強力なアヌンナキなら話は別だが」
「いいえ。ただのマラクよ」
アテナは答えた。
「冗談だろ?」
ホルスが睨む。
「この子たちが提示した条件よ。私は約束を守る」
アテナの声は冷たかった。
ホルスはロドリゴを睨み、再びアテナを見た。
「……その少年が、君の言うほど特別であることを祈る」
そう言って視線を逸らした。
「アテナ様、レルに挑むのは危険すぎる」
ミルディンが言った。
「直接戦うつもりはないわ」
アテナは答える。
「レルも全面戦争は望んでいない。捕えたマラクを使って、私たちを引き寄せるでしょう」
「そんな単純な罠を?」
ミルディンが問う。
「ええ」
アテナは挑戦的に座り直した。
「私の諜報によれば、アレスがアナトと会合を重ねている」
「裏切り者の汚いネズミめ!」
ホルスが叫ぶ。
「アレスは臆病者よ。今頃、アナトの足に口づけして、レルへの復帰を乞うているでしょう」
アテナは吐き捨てるように言った。
「それが、マラクとどう関係する?」
エリンレが尋ねた。
「簡単だ」
ナブーが割り込む。
「アナトはアレスを使って、この子たちをおびき寄せる。そして殺させる。
成功すれば、アレスとその戦神団はレルに復帰できる」
「その通りよ、ナブー」
アテナは頷いた。
神々はざわめき、ロドリゴたちは息を詰めて聞いた。
「これは好機だ」
ナブーが言う。
「アレスを倒し、レルに我々の力を示せる」
「場所が漏れた瞬間に、潰す」
アテナは微笑んだ。
「それだけよ」
全員がうなずいた。
そしてアテナは、ロドリゴたちを真剣な目で見た。
「アンナちゃん。あなたはミルディンと共に行動しなさい」
「彼はウェールズの伝説王アーサーに仕えたネフィリム。
あなたの戦い――地上でのベレヌス戦を見て、聖属性への耐性が低すぎると分かった。克服しなさい」
「し、師匠……でもアンナはサターンで……運命的に――」
アンナが言いかける。
「タニアは月だったのに、太陽へ適応したでしょう?」
アテナは遮った。
「不可能なんて、私たちにはないの」
アンナは不安そうに、でも小さくうなずいた。
「教えがいのある女神だ」
ミルディンは穏やかに言った。
「ミトラ、ソル。あなたたちはエポナを鍛えなさい」
アテナが命じる。
「は、はい……女神様」
ソルは緊張気味に答えた。
(イケメンなのに、すごく不安そうね……)
エポナは内心そう思い、うなずいた。
「タニア」
アテナは彼女を見る。
「あなたには、力を抑え込んでいる“何か”がある。
正直に言って、あなたは私が見た以上に強い。
本来の力なら、ケルト神たちを簡単に倒せたはずよ」
タニアは視線を逸らした。
「心配しないで」
アテナは続ける。
「ナブーは心理の専門家よ。あなたは彼と治療を受けなさい。戦闘訓練は不要」
タニアは深く息を吸った。
「任せてください、女神様」
ナブーは自信満々に言った。
「彼女は必ず過去を乗り越えます」
「……分かった。やってみる」
タニアは答えた。
「最後に――ラミロ」
アテナはロドリゴを見る。
(また名前変えた……)
ロドリゴは思いつつ、うなずいた。
「あなたはアスクレピオスに任せる」
「彼はタニーン神の専門家。
トテマなしでも、意識を失わず力を制御できるようにする」
「お任せください、アテナ様」
アスクレピオスが言った。
「よろしい」
アテナは立ち上がる。
「では会議を終える。各自、準備に取りかかりなさい」
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




