第59章 ― アロースの戦いの後日談
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
アンナは最後のアンブロシアを飲み干すと、すぐにロキが張った蜘蛛の巣のような罠を切り裂き、
ロドリゴとエポナを救い出した。
「さあ、説明しろ」
タニアはロキの背中に足を乗せたまま、逃げようとする彼を押さえつけた。
「お前……レルのために戦ってるわけじゃねぇんだろ?」
アテナが静かに問う。
重苦しい沈黙が落ちた。
「なんであんな殺人鬼どものために戦わなきゃならん? バカバカしい」
ロキは諦めたように言い捨てた。
「じゃあ、“アースガルズのアヌンナキになる”って話はなんだったの?」
タニアが鋭く刺すように問い詰める。
「俺を牢獄から解放した“あの女”が言った嘘だ。
最初から分かってたさ。俺はただ、お前らを殺すために雇われただけだ」
「裏切られると分かってて……なんで協力したの?」
エポナが眉を寄せて尋ねた。
ロキは息を吐き、だるそうに答えた。
「理由は簡単だ。レルは“オーディンを殺した”とほざいたが──
本当は、あの親父はまだ生きてる」
女神たちは言葉を失った。
「じゃあ……どこに?」
アテナが尋ねる。
「ヴァイキングどもが“ヴィンランド”と呼ぶ土地だ」
「ヴィ、ヴィン……ランド?」
ロドリゴがぽかんとする。
アンナが補足する。
「私たち神は地球の反対側にある大陸を見たことがあるんだよ。
でも、そこは特殊な管轄だから、入ることは禁止されてるの」
「新大陸……」
ロドリゴは息を呑んだ。
ロキは続ける。
「俺はこの戦争と、お前らを殺すことで“父オーディン”に力を送ろうとしただけだ。
あの方が力を取り戻せば、レルのイカれた連中なんぞ一掃できる」
「でも、あなた……アースガルズと戦争してたじゃない。
囚われてたのもそのせいでしょ?」
アテナが冷静に問う。
ロキは怒鳴り返した。
「アース神族と意見の違いはあってもな!
ユグドラシルの住人は決して同族を裏切らん!
覚えとけ、いいな! 絶対にな!!」
女神たちは黙り込んだ。
タニアはようやくロキから足をどけた。
アテナが膝をつき、ロキの目線に合わせる。
「じゃあ……目的は同じってことね、ロキ。
どう? 私たちと協力しない?」
手を差し出す。
ロキは沈黙したまま。
「でもアースガルズとは仲悪いでしょ? 投獄されるのがオチだよ」
と弱気な声。
「それはアンナちゃんの師匠である、
このアテナがどうにかしてあげるわ」
ロキはまた黙った。
アテナは微笑み、さらりと言う。
「もし断ったら──この二人があなたの皮を剥ぐわよ?」
タニアとアンナが静かに殺気を放つ。
「あ、ちょっと待って!」
タニアが口を挟む。
「理由は理解できたけど、昨日の戦で何百人も死んだのは事実。
ましてあの巨人が罪のない人間を大量に殺した。
謝罪しない限り、私はあいつと一緒に戦わない。
社会性ゼロの奴なんていらない」
「なんで人間を庇う?」
ロキが睨む。
タニアは怒りで声を震わせた。
「アンナにも、エポナにも、私にも……
“守る”と誓った相手がいる。
あんたがどう見ようと関係ない。
私はあの人たちを守るの」
ロキは鼻で笑った。
「“人間”なんて、戦争と虐殺しか能のない下等な連中だ。
都市を包囲して飢えさせ、絶望して共食いするような──」
タニアの足が再びロキの背に乗った。
「それ、あんたら神も同じでしょ?
無実の神を殺したの、誰だったっけ?」
ロキは言葉を詰まらせた。
沈黙。
アテナが制した。
「タニア、もういいわ」
火の女神は腕を組み、ふいっとそっぽを向く。
アテナは再びロキに尋ねる。
「で、オーディンは正確にどこ?」
「ヴィンランドにいる。それ以外は分からん。
父上は姿を偽るのが得意でな。旅人みたいにどこへでも現れる」
「分かった。
じゃあ──私たちの次の任務はオーディン探しね」
するとエポナが、おずおずと手を挙げた。
「アテナ……わ、私たちはまずアンピエルを探したい……。
あいつ、絶対生きてるはずだ」
「そうだよ、先輩。アンピエルを助けないと。
この勝利は彼のおかげなんだから」
アンナが訴える。
タニアも頷く。
「いいわ。そっちを優先しましょう」
アテナはロキへ向き直る。
「ロキ。あなたには別働隊をつけるわ。
オーディン探しはそっちでやって」
差し出した手を、ロキは握った。
アテナはそのままロキを立たせた。
その時──
「……やっぱり裏切ったな、あのクズ神は」
「それに、エポナも他の女神どももまだ生きていやがる。
仕事が増えるじゃねぇか」
二つの声が霊圧と共に降りてきた。
一同が振り向くと、
石の丘の上に二柱のケルト神が立っていた。
「ベレヌス兄さま! トウタニス兄さま!」
エポナが叫んだ。
次の瞬間、ベレヌスが指先から光線を放ち──
エポナの口へ直撃。
背中から地面へ叩きつけられ、白目を剥いて倒れた。
「俺は昔からエポナのクソガキが大嫌いなんだわ」
ベレヌスが吐き捨てた。
ロドリゴは怒りのまま飛び出そうとしたが、アンナが慌てて腕を掴んだ。
「だ、ダメだよロイ!
あの人…エポナに攻撃した男は“カッテレス”なの。
アンナたちじゃ……勝てない……!」
タニアも苦い表情で言う。
「……思ったより早く来たな」
エポナを撃ち抜いた男が、冷たい声で宣告する。
「我らの父エススの命、そしてレルにおける主エルの絶対的権威により──
貴様ら全員を処刑するために来た」
彼は金髪に短い髭、琥珀色の瞳。
乱れた髪は太陽のように輝き、白いトガと赤いマントを纏っていた。
「俺は光のカッテレス、ベレヌス。
貴様らを処刑する者だ」
隣の男が続く。
「私はトウタニス。ガリアのグリゴリだ。
ここで見届け、レルに報告し、お前たちの死を“正当化”する」
赤味がかった髪、緑の瞳。
山羊の角のような金の兜、派手な格子模様の衣、赤い外套──まさにケルトの将。
アテナは静かに言った。
「なるほど……これでフランク領を守るグリゴリが不在だった理由がわかったわ」
ロドリゴはアンナの手を振りほどこうとしながら叫ぶ。
「どういう意味だよ?! 勝てないって何なんだよ!」
アテナは真剣な表情で答えた。
「ベレヌスは、アンナちゃんやタニア、ロキと同じ“階級”の神。
でも、決定的な違いがあるわ」
「違い……?」
「トーテマの“受信量”よ」
アテナは続ける。
「トーテマは人間の“信仰”を受け取る装置。
本来、神の国に信仰が流れ込み、力が溜まるの。
でも──アンナちゃんもタニアもロキも、逃亡中の身。
信仰がとっくに絶たれている」
「だが俺たちは違う」
ベレヌスが口を挟んだ。
「俺たちは正規のケルト神族。
我らの“領域”では、信仰はいまも流れ込み続けている。
それがカッテレスとグリゴリの“差”だ、坊主」
タニアが炎の爪を構える。
「勝率ゼロでも関係ねぇ。私は戦う」
アンナも剣を構えた。
「アンナも戦うよ!」
だがアテナは首を振る。
「やめなさい。アンブロシアはもう残っていないの。
この状態では……勝つどころか、五秒も保たない」
「逃げるなんてできるかよ!」タニアが怒鳴る。
するとアテナが叫んだ。
「エポナちゃんが死にかけてるのよ!!
迷ってる暇なんてない!!」
ベレヌスが笑う。
「逃がすと思ったか?」
光の神は片手をかざし、白い球体を形成しはじめた。
草木が一瞬で枯れていき、その生命力が球体へ吸い込まれていく。
「──死ね」
光の玉はタニアの胸を直撃。
体の中から破壊され、タニアは絶叫して倒れ込んだ。
「タニア!!」
アンナが悲鳴を上げる。
アテナは両刃の斧──ラブリュスを地面へ突き立てた。
「これはラブリュス……私の世界へ逃げる鍵。
でも“招来”には少し時間が必要なの」
アテナは深刻な目で全員を見た。
「五分。
五分だけ……あの二人を足止めして」
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




