第5章 — 二人の女神
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
ロドリゴは信じられず眉をひそめた。
「ご存知ないかもしれませんが、アンナはアイルランド出身です。それに、あそこにいる猫娘はフェニキアの女神なんです。」
「わたしのことを言うな、カラス顔!」タニアが遮り、再び口論になった。
しかしロドリゴは言い張った。「あなたたちが女神なら、なぜ僕の民を救わなかったのですか?それとも悪魔ですか?神はただ一人、主イエス・キリストです。あなたは何者ですか?」
タニアは顔に手を当て、つぶやいた。
「思ったより厄介ね…」
アンナは手を差し出した。
「触ってみて」
ロドリゴは緊張しながらも、その手に触れた。
「ね、何も起きない。魂を食べるつもりはない。怪物なんかじゃない。怖がらないで」
彼女の笑顔と手の温もりが、ロドリゴを覆っていた憎悪を静めていった。
タニアが近づき、ロドリゴの胸に指を押し当てた。
「その心臓には神の血が流れている。だから他の人間とは違っていた。私が腕を斬っても残っていた。普通の人間なら死んでいたわ。神の血があるがゆえに、人間の世界に干渉するのは禁じられている。お前の力は歴史を変えてしまうから」
ロドリゴの心は揺れた。
「僕が神?そんな馬鹿な!」
アンナが身を寄せた。
「信じられないなら、自分の言葉を聞いてみて。スペイン語でもガリシア語でもないでしょう?」
ロドリゴは凍りついた。確かにタニアと出会ってから、自分は知らない言語を話し、理解していた。
「それが神の言葉よ」タニアが説明した。
「神の血を持つ者は皆、本能的に話し、理解できるの」
ロドリゴは首を振りながら呟いた。
「魔法だ…魔術だ…」
だが、心の奥では疑念が揺らいでいた。
彼の思考は人々へと戻った。捕らえられた女や子どもたち。胸が締め付けられる。
「その前に…僕の人々のことを話させてくれ。アル=マンスールは女や子どもを奴隷にする。少年は去勢されて宦官にされ、女は後宮に送られる。どうか…せめて子どもたちだけでも救わせてくれ。彼らにはそんな運命はふさわしくない」
タニアの瞳に動揺が走った。
「だめよ…ロドリゴ。そんなことするべきじゃない」
彼は慌てて視線をそらし、震える声で言った。
「ごめんなさい。人間界に執着するのは辛いことなのは分かっていますが、そうすべきではありません。」
アンナは優しく見つめた。
「わかるわ、ロドリゴ。でも禁じられているの。タニアが罰されるのは嫌でしょう?」
ロドリゴは拳を握りしめた。
「僕は隊商の護衛をしていた。力を隠し、人間として戦った。だから誓う。神の力は使わない、人間として戦う。最後の戦いだけは、人間のままでさせてくれ」
タニアは長く黙した後、ため息をついた。
「わかった。私も行く。目立ちすぎないように見張るために」
アンナの目が見開かれた。
「タニア…本気なの?」
「心配いらない、アンナ。人間として最後の願いを果たしたいのは自然なことよ。こんな例は見たことがない。すべてを一度に捨てろとは言えない」
タニアは首を振った。
アンナはかすかに笑み、うなずいた。そして、ロドリゴが必死に握っていた手をそっと解いた。
ロドリゴはベッドから立ち上がり、周りを見渡した。牢獄かと思ったが、宿屋の部屋のようだった。藁の大きなベッド、小さな机の上には二人が食べた皿。窓からは陽光が差し込み、香水の匂いが漂っていた。脇には清潔な衣服が置かれていた。
アンナが明るく言った。
「出発する前に何か食べる?ルイ?」
その名を聞いて、ロドリゴは瞬きをした。
「ルイ?」
アンナは顔を赤らめた。
「ごめんなさい。ロドリゴ、そう呼んでもいい?西スペインではそう呼ぶんでしょう?馴れ馴れしくするつもりはなかったの」
「かまわないよ」彼は静かに言った。
「じゃあルイ。レンズ豆とパンがあるわ。三時間前に焼いたけど、まだおいしいわよ」アンナは冗談めかして言った。
「いや、急いでる」ロドリゴが呟いた途端、腹が鳴った。
アンナは笑った。
「ほら、少し食べなさい。あの獣が力を吸い取ったんだから」
結局、ロドリゴは食事に応じた。三人でレンズ豆とパン、ワインを分け合った。虐殺以来、初めて心に温もりが灯った。
「おいしいでしょ?」アンナがからかった。「タニアが作ったの。獣みたいに見えるけど、料理はできるのよ」
タニアは顔を赤らめた。
「うるさい、アンナ。少なくとも私は役に立つわ。あんただけなら火も起こせず、生肉を食べることになる」
ロドリゴは微笑み、母や友人との食卓を思い出した。胸が締め付けられ、涙がこぼれそうになった。
それを見たアンナはすぐに彼を抱きしめた。
「大丈夫。わたしたちがいるから」
タニアは琥珀の瞳で彼を見つめ、そこにかすかな哀しみをにじませていた。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」




