第42章 — ロキの過去
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
アーロース近郊、スヴェン王子の陣地。
鈍い「ドスッ」という音が響き、巨大なスルトが後方へ倒れ込んだ。
「トテマも持ってない女神が二人と、イギギが一人。それだけ相手にして瀕死同然で帰ってくるとはな」
灰色の法衣をまとった男――ロキが、左手を上げたまま言い放った。その一撃でスルトを地面に叩き伏せたのだ。
「ロ、ロキ様……ですが……アテナが突然現れて奴らを――!」
弁明しようとするスルトに、ロキは冷たく切り返した。
「バカかお前は。アテナがレルの犬どもなんか助けると思うのか? あいつは今、レルと戦争中なんだぞ?」
ロキとスルトは粗末な小屋の中――いや、実際には人間が入れないように張られた異空間にいた。
その外側では、スヴェン王子の軍がアーロースの街を包囲しており、戦の喧騒が響き続けていた。
「間違いなく、あれはアテナでした……言い訳の余地はありません」
スルトは喘ぎながら膝をついたまま言った。
ロキは舌打ちし、椅子に荒々しく腰を下ろした。
「アナトは何を考えてやがる? あのエローヒムの女が言ったはずだ――“あの女神どもをここで殺せば、お前をアスガルドのアナンナキにしてやる” とな」
ロキは独り言のようにぶつぶつ文句をこぼし続けた。
「それに……もうすぐ“奴ら”が来る……のに、まだ力が足りねぇ」
「ロキ様、まずアテナを排除すべきです。あの女神がいる限り、ロキ様とて勝つことはできません」
スルトが忠告すると、ロキは指を弾いた。
宙から一つの角杯がふわりと飛び、ロキの手に収まる。中身は蜂蜜酒だ。
ロキは一口飲むと、
「なら、俺が直接アテナとやるしかねぇな」
と鋭く言い放った。
「お前と俺の子供たちは、あの三匹の女神を確実に殺せ。奴らを殺せば、計画に必要な力が手に入る」
「はっ、次こそ必ずやり遂げます!」
「……全部うまくいかねぇ。スヴェンがさっさと親父を倒してりゃよかったんだ。ヨムスヴァイキングの精鋭を使っても城を落とせねぇとは……まぁ殺せば殺すほど“力”は溜まるけどよ……」
ロキは苛立ったように酒をあおった。
「勝利は近いでしょう、ロキ様」
スルトが答えた。
一年前。
ロキはヨトゥンヘイムの洞窟に縛られ、蛇の毒を顔に垂らされ続けていた。
オーディンの息子バルドルを死に追いやったことでアスガルド全土の怒りを買い、逃走した末に捕らえられたのだ。
背中には鋭い石が突き刺さり、手足は締めつけられ、毒は殺せないものの――
滴るたびに大陸全土を震わせるほどの激痛をロキに与えた。
そんなある日。
1年以上前のこと。
“彼女” が現れた。
ロキは顔を上げた。
しかし――その姿は闇に包まれ、目も髪も見えない。分かるのは、白く妖しく光る“笑み”だけ。
その輪郭は女性的だった。
「ロキ、ファルバウティの息子よ。ずいぶんと惨めな姿ね」
「ちょっと崖で泳いでて、つまずいて落ちただけだよ。よくあるだろ?」
ロキは皮肉を返した。
「まだその軽口が叩けるのね。安心したわ」
「で? 何しに来た? 助けに来たって? 悪いが、ここに入ったら最後、出られねぇぞ?」
ロキが言い終わるより早く――
拘束が霧のように消えた。
蛇は見えない刃で細切れになった。
ロキは驚愕して起き上がった。
「こ、これは……俺の子供の腸に次元障壁を編み込んだ拘束だぞ……! 破れるわけがねぇ!」
「信じたいものだけ信じればいいわ」
彼女は静かに言った。
「オーディンは死んだ。レルはあなたにアスガルドの王座を与えると決めた」
ロキの瞳が揺れた。
「オーディンが死んだ? あの怪物みてぇな力を持ってた奴が……?」
「殺したのはあんたよ」
ロキは息を飲んだ。
「……あんたが殺したんだな?」
「詳細を話すつもりはないわ。
レルはあなたをアスガルドのアナンナキにするつもりよ。その前に――
“反逆者” を何人か殺して、忠誠を見せなさい」
「断ったら?」
「選択肢はないわ」
彼女が手を上げた。
洞窟の次元壁がすべて弾け飛び、まばゆい光が差し込んだ。
「な……何だこの力!? ヘイムダルにバレ――」
言いかけた瞬間。
ロキは 別の場所 に立っていた。
氷と霧の世界――ニヴルヘイム。
遠くではフェンリルの遠吠えが響いていた。
「一年あげるわ。軍勢を集め、あの女神たちと戦えるだけの力を手に入れなさい」
「ヘイムダルに見つかるだろ!」
「見えるのは、私が“見せたいもの”だけよ」
彼女は背を向け――消えた。
あれから一年。
ロキは子供たち――
巨大な狼フェンリル、
ミズガルズ大蛇ヨルムンガンド――を救い出した。
さらにスルトと、無数の炎と氷のヨトゥンを従えた。
「ま、少なくとも1年は好きに楽しめた。
この蜂蜜酒は、毎日顔に垂らされた毒より百万倍マシだしな」
ロキは角杯を飲み干し、立ち上がった。
「さて――また“預言者様”に戻ってあのバカ王子を煽るか。
キリスト教徒をもっと吊るさせねぇと。“供物”はいくらあっても困らねぇからな」
ロキは異空間を解き、薄暗い天幕から出ていった。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




