表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/42

第36章 — ホーセンスの炎

「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」

七日間の長い航海の果てに、船はついにユトランド半島南部――アロスの南にある港町ホーセンスへと到着した。


挿絵(By みてみん)


そこは小さなデンマークの村。

木造二階建ての家々が並んではいたが、

ノルマンディーで見た町よりもずっと粗末な造りで、

通りには牛や羊がのそのそと歩き回っていた。

住民のほとんどは農民か漁師。

港のそばには、わずかに開いている魚市場がいくつかあるだけだった。

ロドリゴたちは、夜も更けてから近くの宿に泊まることにした。

港の目の前に建つその宿は、町の中心から外れた場所にあり、

今まで見たどの宿よりも小さく、薄暗かった。

長い内戦で旅人などほとんど訪れず、

半ば廃墟のような有り様だった。

オック語もガリシア語もアングロサクソン語も、

アイルランド語も、

そしてエポナの“ノルウェー語”も、誰にも通じなかった。

仕方なく、身振り手振りでどうにか一部屋を借りる。

部屋の隅には蜘蛛の巣、

廊下をニワトリが走り回り、

湿った空気には馬糞の臭いが漂っていた。

屋根は雨漏りだらけで、底冷えする寒さ。

客たちはみな、暖炉のある広間に集まっていたが、

彼らの部屋には火の気ひとつなかった。

「……寒っ!」

ロドリゴは震えながら中へ入った。

その時、エポナが言った。

「ちょっと偵察してくるわ。敵の動きを調べる」

「どうやって?」

ロドリゴが首をかしげると、

金髪の女神はベッドの上に胡坐をかき、無表情になった。

そして白目をむき、小さく囁いた。

「エプ・アマルク(馬の視界)」

次の瞬間、彼女は完全に静止した。

「ど、どうなってる!?」

ロドリゴが慌てると、アンナが説明した。

「彼女はいま、この周囲にいる馬の目を通して見てるの。

一頭が別の馬を見れば、視界を連鎖的に移せるのよ。

必要があれば動かすこともできる。

同時に何十頭も視るのは、相当な集中力が要るけどね」

時間が過ぎていく。

エポナは身じろぎひとつせず、白目のまま動かなかった。

タニアは全員に「戻るまで寝るな」と命じていた。

アンナは窓のそばで外を見つめていた。

どこかでアンピエルが現れてくれるのでは――

そう祈りながら。

だが、十五日が過ぎてもその姿はなかった。

突然、エポナの体が痙攣した。

咳き込みながら血を吐き、床に崩れ落ちる。

「エポナ!」

タニアが駆け寄ると、彼女の腹部には

大きな裂傷が刻まれ、鮮血があふれ出していた。

「見つかった! 奴らが――!」

エポナは叫んだ。

「逃げて! もう来てる――!」

「精神体の馬を殺されたのね!」

アンナが叫ぶ。

「いいや、逃げねぇ! 戦うんだ!」

ロドリゴは水差しを掴み、

エポナの傷口を洗いながら叫んだ。

その瞬間――

轟音とともに、眩い閃光が宿を貫いた。

次の瞬間、世界が爆ぜた。

炎が降り注ぎ、屋根が崩れ落ち、

宿全体が一瞬で吹き飛んだ。

炎と瓦礫、煙の中――

遠くに、剣を掲げた巨人の姿が見えた。

その左手には、馬の首。

それを地面に叩きつけ、轟くように叫んだ。

「出てこい、雌犬どもォ! 隠れてねぇで顔を見せやがれッ!」

「ロドリゴ、エポナを頼む!」

タニアが前に出る。

その全身が紅蓮の火を帯び、空気が震える。

「俺も戦う!」

ロドリゴが立ち上がる。

しかし、背後からアンナがそっと肩に手を置いた。

青い瞳が、燃えるような炎に照らされて光る。

「ルイ……私を信じて」

炎の向こう、男の影がゆらめく。

「……なるほどな。

あの“恐るべきモリガン”に、“邪神タニト”か。

まさかこの俺の前に立つとはな」

男は巨躯だった。

二メートルを優に超える体格。

赤みがかった髪を後ろで束ね、

髭も同じように編まれている。

上半身は裸で、鋼のような筋肉が盛り上がり、

左腕にはムスペルヘイムの紋章が赤く輝いていた。

「……その呼び方、やめなさい」

アンナが吐き捨てるように言った。

「すまんな……ロドリゴ……」

エポナが弱々しく呟き、

震える手でロドリゴの頬に触れた。

「大丈夫だ、エプちゃん。信じよう。二人を」

ロドリゴは彼女の手を握り返す。

外では、雷鳴が轟き始めていた。

――神々の戦いが、今、始まろうとしていた。


「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」

「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」

「とても感謝しています。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」 「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」 「とても感謝しています。」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ