第27章 — 誘拐犯
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
その時だった。
馬車が突然止まり、外から怒鳴り声が響いた。
ロドリゴには何を言っているのか分からなかった。
聞き慣れない言語――この地方特有のオック語だった。
窓から外を覗くと、八人の男たちが馬に乗り、
後ろには縄で縛られた女性たちを載せた荷車を引いていた。
「運が悪かったな、旅人ども。ここはガソン兄弟の縄張りだ」
先頭の男がオック語で言った。
タニアは騒ぎで目を覚まし、鋭い眼光で叫び返した。
「私たちには奪うものなんてないわ! 放っておきなさい!」
男たちは下卑た笑いをあげた。
「なんて美人だ……こりゃ新しい奴隷の“狩り”になりそうだな!」
「タニア様、彼らを片付けてもよろしいですか?」
アンピエルが静かに尋ね、恭しく一礼した。
「ええ。任せるわ」
タニアは落ち着いた声で答えた。
天使は木製の杖を手に取り、馬車から降りた。
「ははは! 坊主が杖一本で俺たちに勝てると思ってんのか!」
「見ろよ、“棒切れ”で脅してるぜ!」
バンディットたちは笑い声を上げた。
次の瞬間――アンピエルの姿が消えた。
風が鳴り、目にも止まらぬ速さで天使が跳んだ。
リーダーの胸を正確に突き、男は馬から弾き飛ばされた。
地面に叩きつけられ、動かない。
笑いは一瞬で止んだ。
他の男たちは短剣や槍を抜いたが、
アンピエルはまるで風そのもののように彼らの間をすり抜けた。
打撃は軽やかで、だが鋭く、瞬く間に八人全員が地面に転がっていた。
ロドリゴは目を見張った。
――彼は神の力を使っていない。ただの技と速さだけでこれを……。
意識の残っていた数人は恐怖で逃げ出し、
女たちを乗せた荷車を置いて去っていった。
「助けなきゃ!」
ロドリゴは飛び降りた。
エポナは短剣を抜き、縄を切りながら女たちに声をかけた。
「もう大丈夫よ。怖い思いをしたわね」
柔らかいオック語で微笑みかけた。
「ありがとう、本当にありがとう! あいつらは女を攫って奴隷に売るんです!」
泣きながら女の一人が答えた。
「私たちはトゥールーズへ向かっているの。一緒に行きましょう?」
エポナが言うと、女たちは頷いた。
「お願いします……!」
「いいのよ、気にしないで」
馬車に戻ると、タニアが扉を開けて手招きした。
「乗って。安全なところまで送ってあげるわ」
その声もまた、流暢なオック語だった。
アンナが物音に目を覚まし、寝ぼけ眼で呟いた。
「ん……もうトゥールーズ?」
「アンタは石みたいに眠るのね」
エポナが呆れたように言った。
救い出された女たちは、異国の言葉で話す彼女たちに驚いた。
「あなたたち、ここの人じゃないのね?」
アンナはオック語が分からず戸惑ったが、
エポナがすぐに答えた。
「私たちはアイルランドから来たの。だから発音が少し変なのよ」
全員が狭い車内に押し込まれるようにして座り、
馬車は再びトゥールーズへ向かった。
アンナはふと、ひとりの少女を横目で見た。
栗色の髪に青い瞳、すらりとした背の女性。
――どこかで見た顔。いや、まさか。
少女がふと振り向き、アンナの視線とぶつかる。
そして優しく微笑んだ。
アンナの胸が一瞬、凍りついた。
数時間後。
彼らはついにトゥールーズへ到着した。
タニアが兵士たちに事情を説明すると、
守備隊はすぐに門を開いた。
女たちは涙ながらに感謝を述べ、
そのうちの一人が宿を提供しようと申し出たが、
タニアは微笑んで首を振った。
「お気持ちだけいただきます。ありがとう」
女たちは手を振り、街の中へと消えていった。
一行は静かにその背を見送った。
「人を助けるって、気持ちのいいものね」
――その声が、背後から聞こえた。
聞き覚えのある、しかしこの世界の言葉ではない。
神々の言語だった。
全員が息を呑み、振り向いた。
立っていたのは、先ほど救い出した女性の一人。
腰に手を当て、太陽の光を背にして立っていた。
肌は南スペインのように温かみのある褐色、
栗色の髪をゆるく束ね、
青と白のチュニックをまとい、革のサンダルを履いている。
その装いはフランクではなく――ビザンティン風だった。
アンナの身体が震えた。
「どうしたの、アンナちゃん? 無視するつもり?
そんなに変わったかしら、私?」
女性は明るい笑みを浮かべて言った。
「……アテナ先輩……!」
アンナの声は震え、目は大きく見開かれた。
一同が凍りついた。
ただ一人、ロドリゴだけが――何が起きているのか理解できずに立ち尽くしていた。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




