表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/42

第26章 — アンドラの峠

「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」

「お許しください、私たちはバルセロナから来た巡礼者です。

聖マルティンの聖遺物を拝むため、トゥールへ向かう途中なのです」

タニアは穏やかに、門番の兵士へカタルーニャ語で答えた。

もう一人の兵士が馬車の中を調べていたが、すぐに声を上げた。

「問題なしだ!」

「だが、お嬢さん。フランクの領地は危険だぞ。山賊も多い。

護衛もなしで旅をするなど、どういうつもりだ? 普通は商隊か巡礼団に加わるものだろう」

兵士の問いに、タニアは静かに微笑み、胸の十字架をそっと指先で撫でた。

「旅路は、主イエス・キリストと聖母マリアが守ってくださいます」

十字架が陽光を受けてきらりと光る。

兵士は少し驚いたようにうなずいた。

「……なるほど。ようこそ、アンドラ・ラ・ベリャへ」

門が開き、彼らは馬車を進めた。

バルセロナを出発して一日。

ついに一行は、アンドラの街外れ――フランク王国のキリスト教圏に足を踏み入れた。


挿絵(By みてみん)


アンドラは、かつてムーア人の進軍を食い止めた勇敢な兵士たちが建てた町だった。

彼らは報償としてこの土地を与えられ、いまではバルセロナ、コルドバ、そしてフランクの諸王国の間に立つ緩衝地帯となっている。

「寒いな……」

ロドリゴがマントを胸に寄せた。

「当然よ。これからピレネー山脈に入るんだから」

タニアが答え、馬車の座席に身を預けた。

御者台ではアンピエルが淡々と手綱を操っている。

「道は険しくなるけれど、運が良ければ日暮れまでにトゥールーズに着けるわ」

赤髪の女神が地図を見ながら言った。

「ちょっと休んでいかないの? この馬車、最悪なんだけど。

羽毛のベッドが恋しいわ~」

エポナがうんざりした顔で言った。

「急がなきゃならないの、エポナ。無駄な時間は取れない。

今夜トゥールーズに着けば、そこで眠れるわ」

タニアがきっぱりと言い切った。

「ご安心を、まだ眠くはありません」

アンピエルが穏やかに答え、馬を進める。

やがてアンドラの町が遠ざかり、

馬車は細く曲がりくねった山道を登っていった。

眼下に広がる景色は壮大だった。

緑の峰が連なり、薄青い空の下で霞んでいる。

斜面には小さな家々が点在し、空気は冷たく澄んで、松の香りを運んでいた。

鹿の群れが草原を駆け抜け、

はるか上空では鷲が鋭い声で鳴きながら旋回していた。

「昔ね、フェニキアの将軍が象の軍を連れてこの山を越えたって話、知ってる?」

エポナがロドリゴに声をかけた。彼は身を乗り出して山々を眺めていた。

「そりゃすごい。まるで物語みたいですね、エポナ様」

「ふふっ、あの赤髪の女神に聞いてみなさいよ。

あんたの言う“物語”に、本人がいたんだから」

エポナはニヤリと笑い、前方のタニアを指差した。

「じゃあ、この道を知ってるのはその時の経験なんですね?」

「その頃はアンドラもトゥールーズも存在してなかったわ」

タニアはそっけなく答え、それ以上話す気はなかった。

ロドリゴは察して黙り込んだ。

アンナは半分眠っており、頭をタニアの肩に預けている。

タニア自身も少し瞼を閉じかけていた。

その時、エポナがまた口を開いた。

「ねえ、どうやって自分がネフィルだって気づいたの?

ある日突然、この女神たちが現れて“神の子よ”とか言い出したの? 頭おかしくなったと思ったでしょ?」

彼女がこめかみに指をくるくる回しながらからかうと、

ロドリゴは苦笑しながら経緯を語った。

タニアとの出会い、そしてアンナと共に歩むようになったこと――。

「へえ、タニアが奴隷を助けたなんて知らなかったわ」

エポナが意外そうに言った。

「あの女、いつも冷たくて無感情に見えるけど……ちゃんと心あるじゃない」

ロドリゴの胸が不意に高鳴った。

エポナは眩しいほど美しかった。

確かにアンナの方が優しく、タニアの体は神々しく整っている。

だがエポナには言葉にできない魅力があった――

その自信と、挑発的な笑みが心をざわつかせる。

「もしかして、顔赤くなってる?」

エポナが悪戯っぽく微笑む。

「い、いえ! そ、そんなことは……ないです、エポナ様!」

ロドリゴは慌てて顔を背けた。

「“様”なんてつけないで。エポナでいいのよ。

いや、“エプ”でもいいわ」

彼女はクスリと笑った。

「ねえ、正直に言いなさい。あたしのこと、惹かれてるでしょ?」

金色の髪を揺らしながら、彼女はいたずらな光を瞳に宿した。

「出会ったときから、あたしをずっと見てたじゃない。

やっぱり金髪の女が好み?」

「そ、そんな……! もし失礼だったなら謝ります、エポナ様!」

ロドリゴは真っ赤になって言った。

エポナは腹を抱えて笑い出した。

「ははは! 冗談よ、そんなに慌てないで。

見つめられるの、嫌いじゃないし」

「……それで、なんでアンナとそんなにケンカばかりしてるんです?」

話題を変えようと、ロドリゴが尋ねた。

エポナは寝息を立てるアンナをちらりと見た。

「昔ね、あの子とは敵同士だったの。

アイルランドとブリタニアのローマ軍が戦ってた頃。

やがてアイルランドがキリスト教を受け入れて、仲直りしたけど……

まあ、癖はなかなか抜けないわね」

エポナの声は、さっきまでの軽口とは違い、どこか柔らかかった。

ロドリゴはまた見惚れてしまった。

――本当に、美しい。

けれど同時に、胸の奥に罪悪感も芽生える。

自分はアンナにも惹かれている。

「彼女たちは神なんだ。

僕なんか、ただの虫に見えるだろうに」

ロドリゴがそんなことを考えていると、

エポナがまた笑い出した。

「そんなに見るなら、料金取ろうかしら?」

彼女はウインクして、そっとロドリゴの膝に手を置いた。

「もし誓いがなかったら――あたし、あなたと寝てたかもね。

顔、悪くないわよ?」

囁くように言い、唇に艶やかな笑みを浮かべた。

「や、やめてください、エポナ様……!」

ロドリゴは慌てて身を引いた。

「ははっ! 本当、からかい甲斐あるわね!」

エポナは楽しそうに笑い、手を離した。

「……もう見ません、エポナ様」

ロドリゴがぼそりと呟くと、

「だから“様”はやめなってば。エポナでいいの。

もしくは――エプ」

「……わかったよ、エプちゃん。気をつける」

ロドリゴは少し照れながら言った。

「ふふっ。ほんと真面目ね。

女にからかわれたこと、今まで一度もないんでしょ?

もうちょっと肩の力抜きなさいよ!

美しい女神様三人と旅してるのよ? 硬くなりすぎ!」

ロドリゴは思わず吹き出した。

「はは……努力してみるよ、エプちゃん」

「それでいいの! そう、その顔。

そうでなくちゃ、退屈で死んじゃうわ」

エポナは陽光のような笑みを浮かべた。

「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」

「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」

「とても感謝しています。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」 「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」 「とても感謝しています。」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ