第25章 — ルシフェル
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
一行は酒場を出て、バルセロナの貧しい街並みを歩いた。
通りはごみと物乞いであふれ、荒廃した臭気が漂っていた。
やがて北門に到着すると、外では商人たちが荷を積み、各地へ向けて出発の準備をしていた。
その中に、一台の小さな馬車を整えている男がいた。
アンピエルを見ると、男はすぐに会釈した。
「準備はできております、旦那様」
男はそう言って手を差し出す。
アンピエルは一枚の銀貨を渡し、
「神のご加護を」と言葉を交わして別れた。
馬車はすでに整っていた。
二頭の馬――栗毛と白馬――が繋がれ、
中にはパン、魚、羊肉、チーズ、香辛料などの食料が積まれている。
アンピエルが御者台に座り、
女神たちは荷台の中で休むことになった。
アンナとエポナは相変わらず口喧嘩を続け、
タニアは窓の外を静かに見つめていた。
退屈を感じたロドリゴは、御者席の隣に座ってアンピエルに話しかけた。
「ほんと、あの二人は落ち着かないですね。アンピエルさんも大変でしょう?」
「はは、ロドリゴ様ですね? ええ、まったくでございます」
アンピエルは微笑んだ。
「まるで思春期の娘たちみたいです。……あ、すみません、失礼でしたか?」
「いえいえ。アンピエルでございます、どうぞお気軽に」
「では、アンピエル。あなたは一体どういう役目を担っているんです?
タニアやアンナに聞いても、天使のことはよくわからなくて」
「承知しました、ロドリゴ様」
アンピエルは前を見たまま、静かに語り始めた。
「我らマラキム――あなた方が“天使”と呼ぶ者たちは、
レルと地上の神々の間を取り持つ存在でございます。
言うなれば、神々の監査官のような役割です。
グリゴリの行いを評価し、その点数に応じて与えられる権限が決まります」
「じゃあ、戦う天使もいるんですか?」
「もちろんです、ロドリゴ様。
我らマラキムは、必要であれば人間の軍を率い、戦を起こすこともできます。
力そのものは神々に及びませんが、元素を操ることも可能でございます」
「アンピエルの属性は?」
「風でございます。私は鳥たちと心を通わせることができるのです」
アンピエルが手を掲げると、空から数羽のツバメが降りてきて、馬車の縁に止まった。
「へえ……戦いでその力、役に立つんですか?
あの二人なんて、山を吹き飛ばすような戦い方しますけど」
「力の本質は、使い方にございます。
鳥を操るのが重要なのではなく、その“命の気”をどう扱うか――
それがすべてです」
アンピエルは馬車の後方を指さした。
「たとえば、あのエポナ殿。
彼女もまた馬の生命力を借りて己の力としています。
説明すると長くなりますが……いずれ実際に目にされることでしょう」
「……正直、まだよくわかりません」
ロドリゴが苦笑すると、アンピエルも穏やかに頷いた。
「ですが、どうか我らマラキムを侮らぬように。
確かに神々は偉大ですが、時に我らやネフィル――そして人間でさえも、
努力と鍛錬によって神を超える者が現れることがあるのです」
「人間が……神を超える?」
ロドリゴは息を呑んだ。
「ええ。
かつて我らの王、エル様に敵対した大いなる勢力の将軍も、
もとはマラキムの一人でした。
その力はあまりに強大で、エロヒムたちでさえ倒せなかった。
彼こそが“タンニン”――蛇神たち――を率いていたのです」
「タンニン?」
「蛇の神々です、ロドリゴ様。
死を自在に操る者たち。
彼らこそ、エル様とその配下エロヒムの宿敵でした。
しかし最終的に敗れ、シェオル――あなた方の言葉で“地獄”――へ封じられたのです」
「シェオル……」
ロドリゴは小さくつぶやいた。
「ええ、闇の底に眠る場所。
そこに、かつての蛇神と……彼らを導いた一人のマラキムが囚われております」
「そのマラキムの名は?」
アンピエルは手綱を引き、馬をゆっくり止めた。
そして初めて、ロドリゴの方を向いた。
「ロドリゴ様も聞いたことがあるでしょう、ヘレル様。
それでもこの世界では、彼をこう呼びます――」
風が吹き抜け、ツバメたちが一斉に空へ舞い上がった。
「……ルシフェル。」
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




