第24章 — バルセロナ・後編
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
ついに一行はバルセロナの港に降り立った。
ここはイビサよりも少し涼しく、潮の香りが風に混じっていた。
無数のカモメが埠頭の上を飛び交い、時おり船のマストに止まって鳴いた。
港は厳重に守られていたが、兵士たちはどこか素人めいており、
ロドリゴはすぐに気づいた――彼らは民兵、つまり町の人々だった。
「バルセロナへは何の用件で?」
カタルーニャ語で兵士がタニアに問いかけた。彼女は一行の先頭に立っていた。
「イビサ産の海産物とオリーブを少し売りに来ました。新鮮で質もいいですよ、見てみます?」
タニアも流暢なカタルーニャ語で答える。
ロドリゴは驚いた。
この女性はいったい何か国語を話せるのだろう。
神々の言葉に加え、ガリシア語、アラビア語、カタルーニャ語、
そしてイビサで話されていた奇妙な言葉――アンナが言うにはそれは“フェニキア語”――まで自在に操るのだ。
兵士は彼女の荷を簡単に調べると、入城を許可した。
タニアに導かれ、一行は崩れた街並みを進み、バルセロナの中心部へと向かった。
ロドリゴは長いあいだ、この街の美しさを夢見ていた。
だが、目にしたのは廃墟と貧困の街だった。
瓦礫の間には乞食や孤児が座り込み、手を伸ばしてパンを求めている。
この都市は一年前、アルマンスールに襲われ、壊滅した。
街は焼かれ、市民の多くは殺され、残った者は奴隷として連れ去られた。
生き延びた者の中にも、モーロ人の将が放った“切り落とされた首”の山から疫病が広がり、多くが死んでいったという。
ロドリゴはその話を聞くたびに胸が痛んだ。
だが、世界の残酷さを憎むより、受け入れる強さを学ぼうとしていた。
「さて、残りの物資を買い足して、小さな馬車と馬も調達しましょう」
タニアが市場の方を見て言った。
「ふ〜ん、今になって馬が必要なんだ? “馬は使わない”って言ってたくせに」
エポナが鼻で笑った。
「じゃあ、あんたの馬だけ“野生に戻して”あげようかしら」
エポナはアンナをからかうように言った。
「好きにすれば? でも、もし報告書に“同行したイギギが足を引っ張った”って書いてもいいならね」
アンナは顔を上げることもせずに言い放つ。
エポナの顔が真っ赤になった。
「では、私が旅の支度を整えてまいります。お二人はここでお休みを」
アンピエルが深く頭を下げた。
「馬はあたしに任せな!」
エポナは嬉しそうに言う。先ほどの怒りはどこへやらだった。
タニアはうなずき、三人は近くの小さな酒場に入った。
そこはひどく荒れていた。
客はまばらで、外には乞食が群がり、
中には行商人や娼婦が声を張り上げていた。
空気は重く淀んでいたが、厨房から漂う香りだけは不思議と食欲をそそった。
「ルイ、新しい町に来たら、その土地の名物を食べなきゃダメよ」
アンナが笑顔で言った。
「ここの名物は“エスクデリャ・イ・カルン・ドーヤ”。
羊肉とヒヨコ豆、根菜とセロリを煮込んだスープなの」
ロドリゴは素直にうなずき、それを注文した。
アンナはミートボールを頼み、三人はパンとビールで簡単な昼食を取った。
ワインはまだ高価で、戦後の街では手に入らなかった。
少し遅れて、タニアの前にそら豆の皿が運ばれてきた。
彼女はその皿とパンを持ち、外で子どもを連れた母親に手渡した。
母親は驚きながらも微笑み、子どもと一緒にその温かい食事を分け合った。
ロドリゴはその姿を見つめながら思った。
――タニアはいつも人を助けている。
あのコインブラで奴隷にされる人々を救った時と同じ優しい目だ。
「ノルマンディーに行くのは初めて?」
ロドリゴが尋ねた。
「ええ」
タニアの声は短く、表情も再び硬くなった。
「でも、ローマには行ったことがあるのよ」
アンナが代わりに言った。
「ローマ!? あの伝説の帝国?」
ロドリゴは目を輝かせた。
「ええ。でも、観光したわけじゃないの」
タニアの声は冷たく、そこに会話を終わらせる壁があった。
ロドリゴはそれ以上聞かないことにした。
「アンナは? アイルランド以外にも行ったことあるの?」
「うん。ロンドンやヨークに行ったわ。
それから少しだけ、パリやトゥールーズにも」
「どんなところ? 聞かせて」
ロドリゴが身を乗り出す。
アンナは嬉しそうに語り始めた。
ブリタニアの城の話、霧に包まれたアルバの高地、
毛むくじゃらの牛たち、青い染料で体を塗って戦うピクト人の戦士――
彼女の言葉が、まるで風景を描くように流れていった。
「ストーンの円形神殿も見たわ。とても古い神に捧げられた場所……でも、アンナでも誰の神かは分からなかった」
「今はエポナがそこに住んでるから、彼女のほうが詳しいかも」
アンナは笑い、ロドリゴも楽しそうに頷いた。
二人の会話が弾む中、タニアは静かにため息をついた。
――この二人、意外と気が合うのね。
やがて、一時間ほどしてアンピエルとエポナが戻ってきた。
「小さなキャラバンを安く手に入れました。北門の近くに待たせてあります。
エポナの馬もそこに」
アンピエルが報告した。
「何か食べる?」
タニアが尋ねた。
「お気遣いなく、道中で済ませました」
アンピエルは礼儀正しく頭を下げる。
「やめて、それをされると奴隷の主人みたいに見えるから」
タニアが慌てて言った。
「ふん、あたしはベジタリアンよ。こんな汚い店の食い物なんていらないわ」
エポナが鼻で笑う。
「外に草ならたくさん生えてるけど?」
アンナが言い、アンピエルが吹き出した。
「はははっ! くっそ、エルの御名にかけて……笑い死にしそう!
“外に草”とはな、よく言ったもんだ!」
エポナは皮肉たっぷりに笑い返した。
「まったく……いつになったら大人になるのかしら」
タニアは呆れたように呟き、数枚の銀貨をテーブルに置いて立ち上がった。
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




