第19章 — 法衣の男
「この物語は歴史と神話をもとにしたファンタジーです。」
紀元985年 アーロス、王国デンマーク。
メインストーリーの出来事より一年前。
「王国にとって、最も恐ろしい呪いとは――無能で弱き王を戴くことだ。」
灰色の法衣をまとった男の声が、静寂の中に響いた。
男は粗末な木の玉座に腰かけた金髪の若き貴族の前で、恭しくひざまずいていた。
「ハーラル・ブルートゥース王がデンマークの王座に就いて以来、
彼は外国への遠征にばかり時間を浪費してきた。
結果は常に敗北。唯一の“勝利”であったノルウェー征服すら、
ローマ帝国によって南方の領地を奪われ、無に帰したのです。」
男の声は次第に鋭さを増していった。
「さらに――あの皇帝オットー一世に敗北した後、屈辱的な降伏条件として“デンマークのキリスト教化”を強いられました。
恥を隠すため、王は民に嘘をつき、聖なる預言者によって洗礼を受けたと偽り、
“木工の魔術師”とやらの信仰へ改宗したと喧伝したのです。
その欺瞞が、古き神々を信じる者たちへの迫害を招いた――」
松明の炎が揺れ、若き王子の紫の瞳に光を映した。
「今や民は貧困に苦しみ、スウェーデンやノルウェーとの無意味な戦争に巻き込まれている。
それらは皆、あの“新しい信仰”を広めるための戦だという。
だが現実は――古き神々の儀式を守っただけで家族が殺される。
ユールの木を飾っただけで、処刑だ。
オーディン様はユグドラシルの枝に九日間身を吊るされた。
その犠牲を讃えることを禁ずるとは――冒涜に他ならない!」
沈黙。松明の燃える音だけが残った。
玉座に座る若者は、怒りよりも好奇心のこもった目でその男を見つめた。
法衣の男はさらに深く頭を下げた。
「ゆえに僕は遣わされたのです――我らが主オーディン様と、光の神フレイ様の御知恵により、
スヴェン様が父王の圧政を終わらせる力を得るために。」
若き男――スヴェン・フォークベアード王子。
ハーラル王の息子にして、デンマーク王位の継承者。
広間はオークと松で造られ、質素ながらも重厚であった。
玉座の背後には、ユグドラシルの巨樹が深く彫り込まれており、
それは父王のキリスト教的な宮廷に対するあからさまな反抗の印だった。
王子の傍らには二人の近衛兵が立ち、
銀の兜で顔を覆い、毛皮付きのマントと鎖かたびらをまとっていた。
剣の柄は金色に輝き、焔の光を鈍く反射している。
スヴェンは若く、美しく、まだ柔らかい金髪の髭を持つ。
紫の瞳は鷹のように鋭く、
赤い外套の下に茶色のチュニックを着て、胸元にはトール神の鎚“ミョルニル”のペンダントが光っていた。
忠誠と野心の間で揺れ続ける若き心。
反逆の思いは、日に日に強まっていた。
彼は北方最強の戦士団――ヨムスヴァイキングを指揮する身であったからだ。
だが、目の前の異様な男の言葉が、何よりも彼を惹きつけた。
――本当に、この男はオーディン様とフレイ様の使者なのか?
王子は金の杯を手にし、ゆっくりと葡萄酒を口に含みながら、
ひざまずく男を見つめた。
傍らの衛兵たちは落ち着かぬ様子で剣に手をかけたが、
王子は冷ややかに言った。
「……我が父の治世を侮辱したその舌、
生きたまま剥いでもよいのだぞ。」
法衣の男は顔を少し上げ、静かに答えた。
「僕は見たのです――スヴェン様の心の奥を。」
声には奇妙な艶があった。
「スヴェン様こそ真の勇者。
オーディン様が創りし兄弟団――ヨムスヴァイキングの最高司令官。
アースガルズへの忠誠は純粋にして、意志は決して折れぬ。」
衛兵の手が剣の柄を握りしめた。
だがスヴェンは興味深そうに手を上げ、彼らを制した。
「下がれ。……全員だ。」
衛兵たちは顔を見合わせ、やがて一礼して退室した。
召使たちも続き、広間には松明の揺れる音と樹脂の焦げる匂いだけが残った。
スヴェンは身を乗り出し、男を見下ろした。
「言葉だけでは信じぬ。証を見せろ。
お前が本当にオーディン様とフレイの祝福を受けているというならな。」
男はフードの影の下で、薄く笑った。
「スヴェン様の近衛の一人は熱心なキリスト教徒でした。
先ほどまで、スヴェン様との会話を父王に密告しようとしていた。
ですが――もう心臓は動いておりません。」
スヴェンの表情が険しくなる。
「……何?」
「遺体を調べれば分かります。」
男は淡々と続けた。
「鎖かたびらの下に、裸の“木工の男”の像が彫られた十字架を携えております。」
その瞬間、外から騒ぎが起こった。
スヴェンは椅子を蹴り立ち上がり、酒をこぼしながら扉へと走った。
分厚いオークの扉を開くと、混乱が広間を満たしていた。
召使たちは悲鳴を上げ、兵士の一人が地に伏して動かない。
「その者を見せろ!」
スヴェンは叫び、兵たちは慌てて道を開けた。
王子は死体のそばに跪き、鎖かたびらをめくる。
確かに、そこには小さな十字架があった。
「……死んでいる。」
スヴェンの声が低く響いた。
「すぐに医務室へ運べ。死因を調べろ。」
「はっ!」
兵たちは遺体を運び出した。
スヴェンは他の者たちに業務へ戻るよう命じ、扉を閉めた。
再び、法衣の男と二人きりになる。
「これで――僕の力をお分かりいただけましたか?」
男の声は柔らかく、それでいてぞっとするほど冷たかった。
王子は顔をしかめ、わずかに動揺を隠せなかった。
触れることなく人の命を奪う――そんな芸当ができる者を、
どう信じろというのか。
「……どうすれば、お前が僕を殺さぬと信じられる?」
男は首を横に振り、静かに、しかし底知れぬ笑みを浮かべた。
「僕は偉大なる主、オーディン様の僕にございます。
主の御心に背くことなど、決していたしません。」
スヴェンは少し距離を取り、再び玉座に腰を下ろした。
見せかけの威厳を保とうとしたが、
手が震え、杯を取る指先がわずかに揺れていた。
「……よかろう。再び会おう。ただし、ここではない。」
スヴェンは低く命じた。
「アーロスの城壁の外、東の大杉林のそばに小屋がある。
明日の黄昏に、そこへ来い。」
「御意。」
男は深く頭を垂れ、静かに立ち去った。
一人残されたスヴェンは、玉座に身を沈め、口の端をゆがめて笑った。
「――ふふ……もうすぐだ。
このデンマークの王冠は、我が物となる。」
「ここまで読んでいただきありがとうございます!次回もぜひお楽しみに。」
「翻訳に間違いがありましたら、お知らせください。」
「とても感謝しています。」




