天使じゃないみたい
注意:この作品は風刺的な表現が含まれております。また、胸糞要素もあり、決して後味の良い終わり方をするとも言えません。文字数は大体3500文字程度ですが、実際よりも長く感じる場合がございます。
朝になって目が覚める。ボサボサになってしまった髪と、上手く開くことの出来ない瞼。
寝起きはいつも満身創痍の体みたいに、起きるのが難しくなる。
「ふぁ〜……眠いや」
起きて、歯を磨いて、うがいをして、水を飲んで、トイレに行く。いつものルーティン。
そして、パンをかじったらいつもと同じ、散歩も兼ねて、この味気ない白の世界に、色をつけに行く。
僕は天使だ。天使は、真っ白な世界に彩りを加えて、人々に感謝される存在。
背中に生えた大きな翼で、空を自由に飛ぶのもいいけれど、僕はやっぱり地面を歩いて散歩する。
朝露の匂い。薄らとした黄色が混じったような青い空。その空の奥を見てみると、キラキラと輝く星々が見える。
天使のみんなが思い思いに、空を彩る。
それに比例して、この都市は味気ない。
走る車も、上の方だけ彩ろられた、そびえ立つビル群も、はたまた、味気のない三色を点滅させるだけの信号も、何もかもが白か粗末な色彩で構成されている。
それでも僕は散歩が好きだ。
この味気ない都市をどうやって彩ってやろうかと胸が躍る。
そんなワクワクした気持ちで歩いていると、何人かの空飛ぶ天使と出会う。
「や、おはよう」
「……」
もちろん、挨拶が必ず返ってくるわけじゃない。彼らは素早く飛んでいるんだ。こちらに気づかないのも無理はない。
「あ、おはよう!」
「よ、おはよう。今日も元気か?」
それでも、ちゃんと挨拶を返してくれる天使もいる。
「もちろん! 僕は……」
「おーい、早く来いよ〜!」
遠くから、彼を呼ぶ声がする。
「すぐ行く! わりぃそう言うことで。またな」
「あ、うん。また……」
あの天使は人気者だからね。しかたない。
気を取り直して、また散歩に戻る。想像力を膨らませながら。
そんな時、頭上をふわりと飛んでいく1人の天使が目に入る。
憧れ。それは他人が止めることのできない、僕だけの高鳴り。胸の奥がざわめき、まるで恋にでも落ちたかのように、焦げるような爆ぜる熱が、頭の芯までもを熱くする。
それでも、止められない。止めたくない。
大きな純白の翼を羽ばたかせ、長い綺麗な髪で大空を撫で、目で指先で、その息でこの味気ない世界に彩を加える天使。
その作品に、僕は吸い込まれそうになってしまう。
一度でいいから話してみたい。そう思えば、いつの間にか脚は駆けていた。
遠く、遠くへと羽ばたいていく天使を追いかけながら、追いつけないながら……足の感覚すらも置き去りにして。
「はぁ……はぁ……やっぱり、追いつけないや……」
でもいつか。僕も天使のようになりたい。この感情の奥底から、楽しそうにやる気が顔を出してくる。
「よし! 今日も頑張るぞ!」
やって来たのはとあるビル。彩を与えて欲しい。そう、聞き受けてきたのだ。
ビルの入り口で待っていた依頼人に、気さくに話しかけてみる。
やはり、依頼人には素敵な思いをしてほしい。だからこそ、挨拶は明るく元気よく。それが大事だろう。
「本日はよろしくお願いします!」
「あー、はい。よろしくお願いします……」
なんだか気怠そうな人だなとは思う。それでも頑張らないとね。
「それで、本日はどのようにしますか?」
「なんかいい感じに、こう、テンションが上がるような色彩で」
「具体的には……何色がいいとかありますか? 赤とか黄色とかでしょうか?」
「あー、そこはー、ほら。お任せします」
「え……?」
そう言い残すと依頼人は、ビルの中へと戻って行ってしまう。
お任せが一番難しい。その人の中で、譲れないものは必ずある。そこを汲み取るためにも事前の話し合いは大切だし、こっちとしても指定がある方が明確なイメージを持てるから、考える手間が減ってやりやすい。
「まあ、仕方ない。きっとそれだけ期待されてるってことだよね?」
ビルの側面に色を落としていく。テンションが上がるって言えば何だろう。こう、ばっと広がるような物かな。それとも、徐々に期待が高まってくるような。ああ、壮大な物もいいな。
そうだな。花火何ていいかもしれない――
そう思い、ビル一面に花火を描く。黒い背景に、ヒマワリの様に咲き誇る、鮮やかな火花。巨大な打ち上げ花火。線香花火なんかもいいかもしれない。
そう思いながらどんどん描いていく。
「なんか汚えな……それに色、薄くね? ごちゃごちゃしてるし……」
「あいつ、ずっとあそこで描いてね? 遅いなぁ……」
「花火、小さ。それに位置低いし。もっとビル全体を使えよ、下だけって」
「……」
ヤジが飛ぶ。それでも気にせず描き進める。そしてようやく完成し、依頼人の人を呼びに行った。
「終わりましたよ」
「……あー。はい、ありがとうございました。素敵だと思います」
「本当ですか! 喜んでもらえた様ならよかったです!」
そう言って、僕はその場を後にする。
「あー、無料だからって、こんなんじゃ頼むんじゃなかったな……」
気のせいか、後ろからそんな声が聞こえた気がした。
次に向かう。次は橋を作って彩ること。
そして完成して、依頼人に見せる。
「あの、ふざけてます? 安定感無いし、不格好だし、時間と資材返してくれます? はあ~、無料だからってこれが許されるとでも? ほんとふざけないでいただきたい。真面目にやってくれます?」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさい――?!」
なんだか気分が悪くなってきた。そうだな、像でも作ろう。
像を作るのは楽しい。自分のインスピレーションを思うがままにぶつけられるんだから。
そうだな、今日はあの憧れの天使のような作品を作ってみたいな。
あの天使の独創的なデザインを美しい世界観の様な像を頑張って再現してみる。
「上手くいった――!!」
「なんか気持ち悪いな……」
「うわ~下手くそすぎるだろ……」
「あれってパクリじゃね? プライドとかねえのかよ」
…………ただの、趣味なんだけどな……。
なんだか、何もかもが嫌になる。
そう思って高架橋の上で一人、道路を眺めてみる。
そんな時だった。建物の三階の窓から落ちそうになっている少女を見かけた。
助けなきゃ――
気づいた時には僕は駆けだしていた。そして、この翼を広げ――そのまま飛び立つことはできなかった。
「なんで!? なんで!? 早く飛ばないと……!」
そうしている間も、少女は今すぐにでも落ちてしまうんじゃないかと、腕を震わせていた。
早く。早くと急かしても、僕の翼は言うことを聞かない。
そして、とうとうその時が来た――少女の手が三階の窓から離れてしまったのだ。
僕は手を伸ばす。しかし、届かない。
「――おっと危ない。大丈夫かな? お嬢さん?」
「ッ! 怖かったよ~……!」
それを助けたのは一人の天使だった。僕はそれをただ、見つめる。
それに気づいてか、一瞬だけ彼と目が合う。でも、彼はこちらに見向きもしないで、少女を気にかけ飛んでいく。
「なんで、あんなところにいたのかな?」
「天使さんたちの作品が綺麗で……――」
もう、何もかもが嫌になる。
「帰ろう……」
家に着くと、最初に込み上げてきたのは、無力感と涙だった。そして次に嫉妬、そして怒り。憧れ、悔しさ、自己矛盾。
「ああぁ!! くそッ……!!」
玄関に飾られていた鏡に、映った僕の顔は酷く醜くて、それが嫌になって腕で払いのけた。
崩れ落ち、力強く地面にぶつかる鏡。
涙で滲む視界の隅で、その割れた鏡に僕の姿がたくさん映る。
「…………いや、そうじゃ……ない……」
その拍子に僕は、気づいてしまった――いや、目を逸らし続けてきたものが、鋭い現実を突きつける。
割れた鏡の中で、藻掻き、天使を羨みその指を伸ばす。
「そっか……そうなんだ……きっと、僕は……! 多分……たぶん……たぶん、僕は……」
ああ。滑稽で、馬鹿らしいくて、思わず笑えて来る。
ずっと僕は、一生懸命に羽ばたかせようとしていたんだ。
でも――僕の背中には翼なんかなくて、ただ、醜い手だけ生えていた。
「どうやら僕は……天使じゃないみたい――」
私は時々望んでしまうのです。この背中に翼が欲しいと。その翼でどこまでも遠くへと羽ばたいて行きたいと。
それでも、現実はそう甘くありませんね。
その偽の翼では空なんか飛べない。そう悲観するも、そんな翼でもいつか大空を飛んでやる。そう意気込むも、全ては自分次第なのでしょう。
それでは、またどこかで。




