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四話『開演』

「で、目が覚めるとここに運ばれていたってこと。私が話せることについてはそれで全部。組織の名前も知らなければ、私が何の実験体なのかも分からない。力、なんて言われても見当もつかないし。正直、自分でも気味が悪いくらいね」


 ネージュは遠くを見つめるような瞳で自嘲すると、少し眠たげに小さくあくびをする。なんというか猫っぽい。


「だから仁が私を見て警戒したのは正しいことだと思う……少しショックだったけど」


「怪異かと思うとつい手に力が入ってしまったというか不可抗力と言うか……」


 仁は勢いよく土下座する仁とは対照的にネージュはソファの上に寝転がると足を投げ出してリラックスモードに突入。今さっきまで警戒心マックスだったとは思えないくつろぎ方だ。どうみても新しい家に慣れ始めた猫である。


「それじゃあ今度は俺が詳しく話す番か。えっと、まず俺は……魔道具職人見習いの学生で、ここは『極東帝国』の『新門』って街で、その中の『新門第二高等学校』ってところだな。」


「新門というと極東帝国で三番目の大都市ね。発明が盛んで先進技術の巨大な実験場も兼ねている、だったかしら」


「怪異は知らないのにそれは知ってるんだ……」


「必死で覚えたのよ。実験で使いつぶされることだけが私たちを殺すんじゃない、試験で出来がよくないと廃棄処分にされるもの」


「——ぁあ、ごめん」


 ネージュは当然のことのように言うが仁にとっては衝撃的で理解しがたいことだ。組織の命を軽々しく扱うおぞましい姿勢に、心底嫌悪感がわく。


「けど、新門に落ちたのは幸運ね。これだけ人の多い所なら紛れ込むのは簡単で見つけ出せる可能性はかなり低いはず」


「街壁の外に落ちれば怪異のエサになってるだろうし。ネージュの運の良さに驚きだよ」


 新門含め、世界中の街はすべて壁に囲まれている。街の外は怪異が生息しているために危険地帯であり、そこに落ちればネージュは一日と経たずに食われるか、怪異に間違われて都市防衛砲で跡形も無くなっていただろう。本当にネージュは運がよかったのだ。


「でも問題はこれからのことね。人目に付かない場所を探してそこを拠点に日々の生活を考えるしかないか」


「そんな事せずとも、ウチなら居候しても……」


「却下」


 予想していた展開とは大きく異なり、すごく自立心の強い回答が返ってきたことに混乱する仁。けれど仁の混乱はネージュの言葉でため息に変わる。


「だって一緒にいればあなたの巻き込まれる可能性があるでしょ? あいつらが人を容赦なく殺すのは分かったはず。間違いなく口封じに殺されることになるから」


 はぁ、とため息を一つ。どうやら仁を心配しての判断をネージュは下したようだ。確かにネージュの心配も分かる。けれど、彼女は他人の心配のあまり自分のことが見えていない。


「ちょっと待て。ほとんど知らない土地で、どうやって生きていくつもりだよ。お金もない、戸籍もないからまともな仕事も就けないだろうし」


 ネージュは立ち上がると工房の扉の方へ体を向ける。その背中は少し寂しそうで、すぐ傍にいるのに仁の手は届かない気がした。


「そもそも私はあの時に死ぬはずだった、いえ、死んだほうがよかったの。私が生きている限り大勢の人が死ぬ可能性がある。それを知って私は自分のエゴのために生きようとしてる。だからあなたが私を助けてくれるのだとしても、巻き込む訳にはいかない」


 ネージュが生きる限り大勢の人が死ぬ。でも、だからと言って大勢のためにネージュが死ななければならないなんてことはないはずで。なのにネージュは生き続けることに負い目を感じている——彼女は正しすぎるのだ。

 だからこそネージュは一人になろうと、孤独になろうとしてしまう。が、そんなことが許せるほど灰月仁は正しい人間ではない。

 助けを求める人々を見捨てて生き残ってしまった日から、彼の人生は間違いだらけなのだから。


「バカか。そもそも人目に付かないところなんて真っ先に探されるに決まってるだろ。それでネージュが捕まれば結局、大勢の人が死ぬんだ。むしろ普通の暮らしってヤツをしてる方が見つかりづらいはずだろ? だから俺のことは気にしなくていい、俺を巻き込め。もう十分ひとりぼっちで苦しんだんだ。なら、ネージュには幸せになる権利くらいあるんじゃないか?」


 これを言うのは恥ずかしいし、少し卑怯な気もすると思う。それでも仁は最後のひと押しをぶつける。自分の内側から湧き上がる感情が、彼女を助けなければならない、と叫んでいる気がしたから。


「それに、俺は君を助けたい。俺に君を助けさせて欲しいんだ」


 仁のために別れを告げる少女に彼は手を伸ばす。


「……っ」


 色んな感情と共に息を吐くネージュ。仁を巻き込むのは正しくないと分かっていながらも、本当は誰かに自分の味方をしてほしいと、自分がこれ以上孤独な人生を歩きたくないと思ってしまう。


 縋るのが偶然出会っただけの少年だとしても。


(ここで逃げだせば仁は私を追えない。彼を巻き込まずに済む)


 けれど、足は動かなかった。その代わりに言葉が勝手に胸の奥からこみあげてくる。


「そこまで……言うなら」


「じゃあ帰ろう。家まで少し遠いけど」


 その時だった。鼓膜を無神経にかき乱すサイレンの音が響き渡る。


「仁、今のは?」


「ああクソッ! 嘘だろ、最悪のタイミングで……」


「ねぇ、しっかりして仁!」


 仁の顔には焦りの表情が浮かび、呼吸が荒い。混乱しているのは誰の目から見ても簡単にわかるだろう。


「早く、早く逃げるぞ! ここに怪異が来る!」


 仁が街壁の突破なんて状況に立ち会ったことは一度しかないが、言えることが一つだけ。このままでは二人仲良く怪異のエサになってしまうということ。それを防ぐためにはこの区画から脱出するしかない。


「ネージュ、とにかく隣の区画を目指して出発しよう」

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