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三話『救いの手すら届かぬ君』

 少女は固いベットの上で横になり、静かに思考を巡らせる。

 白銀の長髪に鮮やかな青い瞳が目を引く人間とは思えない美貌。透き通るような色白の肌と華奢な肢体も相まって、まるで天使のように見える。

 彼女に名前は無い。与えられたのは『ユ零弐』という被検体番号だけ。


(出発してから丸一日。あいつら、私をどこに連れて行く気?)


 ゴウゴウ、と風を切る音だけが静まり返った飛行船の船室に響く。中は薄暗く、星明りだけが辛うじて部屋を照らしていた。重苦しい金属製の壁と床、大きくはない窓、そこは空飛ぶ監獄という言葉がよく似合う場所だ。


(また新しい研究所に連れて行くつもり……いえ、何かがおかしい。いつもなら気がつけば白い部屋の中に着いてるはず)


 これまでは移動の前には錠剤を飲まされて、新しい匂いのする変わらない景色の部屋で目覚めた。しかし、今回は薬を飲んだ後も意識を失わず、こうして考え事ができる。怪しまないほうが無理と言うものだ。


(まさか、急に実験体に対しての待遇を良くした……絶対にない。私たちを壊れるまで全身を弄って、死ねばバラバラに解剖して平気で捨てる化け物どもが急に優しくなるはずがない。何か必ず裏がある)


 脳裏に蘇るのは思い出したくもない記憶。真っ白な部屋に押し込まれた自分とそっくりな少女たち。自分と同じ声の断末魔。段々と広くなってゆく部屋。繰り返される実験。最後には自分一人だけが残ってしまった。


「落ち着いて、私。それはもう、どうしようもないこと」


 フラッシュバックした記憶に思考はかき消され、呼吸は浅く、おかしくなる。

 体中を真っ白な死人の腕が掴むような幻覚に襲われて、足から力が抜けていく。耳元で沢山の苦しそうな息遣いが聞こえる。


 そんな感覚から逃げるように息を大きく吸って吐いてを繰り返し、過去を頭の中から追い出して、見たくない過去から目を背け、代わりに満天の星空だけを見るのだ。


「酷い顔ね」


 窓に映った自分の顔は苦悩に歪んでいて、けれども過去から逃げられたことに安心しているようにも見えて、そんな自分に嫌気がさした。

 そのとき、部屋の扉の下から一枚の紙が滑り込んでくる。


「——ッ、誰?」


 扉の向こう側にいるだろう誰かに向かって叫ぶ少女。しかしその問いへの答えは返ってくるはずも無い。

 恐る恐る紙に手を伸ばす。紙切れ一枚のはずだが、それはやけに重たかった。


『ここに居ては大勢の命が君の力で失われる。私に付いてきて欲しい。君を必ず安全な場所まで連れて行くと約束する』


 少しの間、少女の思考が止まる。自分のせいで人が死ぬ、そんなことを想像したくなんて無かった。けれど、死体の積み重なった景色は瞼の裏に焼き付いて消えない。もうそんな地獄の中心に自分が立たされたくなんてなかった。

 だが、同時に疑ってしまう。自分に都合のいい救いがあるのかと。


「一つだけ教えて。あなたは誰の味方なの? 国それとも正義?」


 震える声に返答は無い。


 月明りで薄暗い部屋の中でもはっきりと見えるほど紙に書かれた文字は濃くて、そこには確かな覚悟があった。

 少女は息をのむ。一瞬、心が揺らいだ。もしかしたら自分は最低な人生から抜け出して、新しい自分でありふれた幸せを手にできるかもしれない、と。


 けれど、彼女は知っている。そんな資格は自分にはないことを。目の前で人が死ぬときに何もできないどころか、見て見ぬふりをして、自分と同じ境遇の少女達を犠牲に生き残ってしまった自分は決して許されないのだと。

 だから弱弱しく、差し伸べられた救いの手を振り払う。


「あなたは信用できない、私に隠してることがある。きっとあなたも私を利用して何かするつもりなんでしょう? それに今決めたの——私は誰の実験体でも、道具でもない」


 そこまで言って、少女はもう一度大きく息を吸った。勇気を振り絞って、そして宣言する。


「私の行く道は私が決める」


 少女は拳を強く握ると、窓に向かって勢いよく叩きつける。一度では分厚いガラスは割れない。何度も何度も叩きつけて小さな傷を広げ、強引に破壊する。

 途中、手からは痛みを感じ、血が辺りを汚すがかまわない。この程度、これまでに受けた苦しみに比べればかすり傷だ。


「これで……終わり!」


 渾身の一撃に窓の外の星空が歪んだ次の瞬間、少女を部屋の中に閉じ込めていた窓は粉々になり、目を開けていられないほどの突風が起こる。

 その風に背を押されながら彼女は窓枠から身を乗りだして。


 その体を星空へと投げ捨てた。


(これでいいの、これで沢山の人が助かる。私も少しは罪滅ぼしできたはず)


 落ちながら少女はそんなことを考えた。けれど、やはり思ってしまうのだ。


「——死にたくない」


 しかし、後戻りは出来ず、ただ落ちるのみ。その言葉は自分にすら届かず、風の音にかき消される。

 体を襲う冷い感触が風のせいか、死が近づいているからかも分からない内に少女の意識は暗転して。

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