Episode Null『それでも少年は → Ctrl + C』
——これは遥か昔のあるいは遥か未来の物語。
「∀-0001『Azathoth』、起動」
今にも泣き出してしまいそうな少女は告げる。
白銀の髪と青い瞳。全てが恐ろしい程に完成された天使のごとき姿。
彼女は人類最高の能力を与えられた、『人工の救世主』。
「私が全て終わらせる」
彼女の声に応えた演算機が、主人たる少女との神経接続と同期を開始。
同時に流れ込んでくるのは無数の声。既にアザトースと一体になった人々の断片。その絶望にも似た祈りが少女の背を押し、後戻りを許さない。
——どうか人類を救ってくれ、と。
その声に応えるため、少女は世界を壊す。それだけが、少女がこの世界に生み出された意味だったから。
「初期化……完了。対消滅炉、エーテルドライブ定常出力」
無機と有機が量子の糸でつながれて、『白知の魔王』の名を冠する『機械仕掛けの神』はソラへと解き放たれる。
白い三対の翼が真っ暗な闇を捉え、彼女の後には何も残らない。絶望も希望も、文明も星も、広がるのは何もない虚無だけ。けれど、彼女だけは虚無に還ることは赦されず、ただ絶望だけが胸を埋め尽くして。
「どうして……あなたも望んだことでしょう?」
全てを無へと還す少女の前に立ちはだかったのは一人の少年だった。人類の罪の清算、『正義』に抗う愚か者たちを従えて。
「不器用すぎるんだ……君は」
二人は平和な世界を求める同志で、かけがえのない友人のはずだった。だが、いつからか二人の目指すモノは違って。
少年にとって平和な世界は過程でしか無かった、世界よりも大切なモノが出来てしまったから。
(認められるか。世界の終わりも、君がこんな結末を迎えることも)
彼女を犠牲にすることでしか得られないというなら、平和な世界など彼は要らない。世界なんぞよりも彼は一人の少女の笑顔が見たい。
ありきたりな言い方をするなら、少年は少女に恋をしていた。
彼女のためなら、彼女の敵になっても良いとさえ思える程に。
「オレが君を止めてみせる」
二人は激突する。彼女は世界を救うために。彼はたった一人の少女を救うために。
——全ての始まりにあったのは、少年の片想いだった。