09 天界の地見慈山と、恵力学園一年五組の異能者達。
事態は大きく動いた。
五組の異能者がさらわれるなど――誰もあるとは思っていなかった。
学園の北東の塀のすぐ外に今や五組のほぼ全員がそこにいる。形快晴己も目淵正則も、居残っているあいだ教科書に目を通したり部活中の皆を眺めたりしていた、ゆえに彼らも今は共にいる。
担任のベージエラが話すことで、そこにいる全員が事態を理解した。
すると、氷手太一が問い掛けた。
「でも先生、恵力学園を守るのはどうするんですか? 天獣がもし――」
「その場合に備えて、同僚の天使に協力してもらいます」
五組の晴己ら数名はニュースを見ていた。彼らのほとんどが名前を憶えていないが、御子弥ブラウネラという天使もまた、地上に降り現状の説明をしている。まあ現段階の説明はしていないが。そのような天使が協力するのだろうと数名は理解した。
「何人ぐらいでですか?」
「多ければ多い程いいし、十人でも二十人でも」
仲間がまだまだいると知って、心強いと思う彼らだったが。
「なんで最初から天使だけでやらなかったんですか?」
当然の疑問をシャダ・ウンムグォンが飛ばした。
ベージエラは考えを整理した。そして。
「天使は戦い向きとは限らないのよ。天の道具が使えるだけなのがほとんど。それに、人の世を守るのは人の方がいいという考えもある。それから、当然だけど、今は封印の手で疲れてる人がほとんどだから」
「ああ、そういう話だったな。封印の羽根はもう……一枚は戻ったんだ」
「ふうん……。じゃあ戦力は大丈夫なの?」
「それは選んでるから大丈夫なはずよ。これでも私もそうなのよ」
「そうだったんだ……」
と、言われてベージエラは肩を落とした。
「それはともかく」
ベージエラは元気でいようとし、無理やり気合いを入れた。
「天界に来てもらうわよ」
ベージエラは念のため持って来ていたバッグからブルーシートのような灰色のものを広げた。そこ――学園の北東の塀のすぐ外のレンガ敷き歩道に、異質な床が生まれる。
白い紙に何かを書いたベージエラがそれで折り紙をし始め、ミニチュアのドアフレームらしきものを作り出した。それは足場となる部分もあって立つようになっている。
完成したそれを灰色のシートの中央に彼女が置いた。そして皆で少々離れて数秒後に、その紙製の小さなドアフレームが、白くて広い――ドア設置前のフレームになった。
「さあ」
誘われて向かった先では、地面は基本、白かった。空は水色。雲はないが、陽が当たり過ぎて暑いということもない。
周辺には建物が町のように多くあって、
「あれ? 地上の人だ」
「何、何、どうしたんだろ」
などと、ざわざわし始めた。彼らのうち数名は突然現れた地上人らしき彼らを気にした。
「で、二人がさらわれた場所、どの方向にあるどの山なんですか?」
阿来ペイリーは問い掛けた。
「あっちよ」
ベージエラは天へのドアフレームを、念じてまた小さな元の紙に戻した。
そして彼女はこの事の伝達をし、この時に恵力学園へと天使を遣わすよう上へ電話した。
神様曰く「オッケー!」ということだった。
地上とあまり違わない――と、ここにいる五組のほとんどの者が思った。
そこへ、ホバーバスと呼べそうな……翼の生えた四角い箱の乗り物を寄越された。
それに乗り、向かう。運転手は男。彼は天界人というだけで天使ではなかったが、地上の彼らには判断はつかない。聞いた海凪麦とその周辺にいた入荷雷、羽拍友拓の三名だけがそれを知った。
「先生、あの紙を持ってきてます?」
「ここにあるわよ」
「ならよかった」
晴己はただ確認したかった。安全の確保のために。更に、晴己はバスの後ろの方の席から提案した。
「ね、ねえ、みんな! あの……ほかに力が欲しかったら、僕に言って! 肉体改造で、千波さんにしたみたいにするから!」
その声は運転手にも届いており、彼を驚かせた。
(まさか、与羽根無しっ? 力を幾らでも作れるっ? そんな馬鹿な!)
きっとこれは負担もある。
と、晴己はその可能性を考えていた。それでも提示したのは代え難い命のためだった。
『物をフェルト布化させる』という能力の今屋村キンはその話に乗った。キンの手首外側に、新たに浮かんだ白い羽根。その上には24-34に見える数字が刻まれた。
ベージエラは『を』の紙を渡した。キンがそれに書いた。
『冷気を出し操る』
その紙を手にしたベージエラが祈ると、白く光り、その光は儀式を正式に行なった場合と同様に、キンの手首外側の第二の羽根に吸い込まれた。これもうまくいった。
自分の力を磨くからいい、という者もいた。それにこの事に何か落とし穴が無いだろうかと悩んだ者もいた。だからか申し出たのはキンとあと六名だけだった。意外と多いな! と思った者もいた。
遠見大志は同じ流れで、
『遠くを拡大視する』に加え、新しく『葉を操る』という力を得た。その腕には白羽根と共に24-35に見える字。
目淵正則もまた。白羽根と24-36を晴己が刻んだ。
『目測を正確にする』という力に加え、新しく『視界の中の物を指で切る』を得た。
速水園彦も。番号は24-37。
『水を遠ざける』という力に加え、新しく『水を出し操る』を得た。
犬井華子も、美術部ゆえの得たい力で皆をサポートできればと思っていた。
『物を乾かす』に加え、『芸術的に爆発するバケツを出し操る』を得た。ナンバーは24-38。
林田ビカクも新たに力を得た。技術部に因んだそれを。
『感覚を鋭くする』に加え、『電動ノコギリにできることを腕から先でやれる』を。腕に新たに現れた――羽根と24-39という番号が。
見状嘉烈は申し出たが、手首の外側、肘へと並んで追加された白羽根と24-40を見ながら、決め兼ねていた。
この際にと、車内の全員へとよく目を配った。
『消耗度を理解する』
彼は陸上部で、備品や部員の疲れを見て適切に対応したいと思っていた。その力で、運動用の私服のまま、晴己の消耗度を見た。
(かなり疲れてる。大丈夫か? それにしても、他人に使ったのは今日が初めてだったんじゃ……まず千波に対して……。しかも能力を与えるための能力を。それって大それた物……なんじゃないのか? それをこんなに……?)
彼は寒気を覚えながら考えた。
中々思いつかなかったが、ふと。
『消耗度をすり替える』
嘉烈はそれで、守りたいと思ったすべてを守ろうと心に決めた。その類の事が成功することを、ベージエラは実際に、『を』の紙に祈ったのだった。
ランジェス・ゲニアマンバルの従えた天獣もまた、その翼のバスには乗っていた。
「お前小さくなれないか?」
前以て言っていたランジェスの肩に、今はそれがいる。
脚だけはカンガルーのそれのようなカモノハシに似た四つ足の天獣。ランジェスは従えているそれへの命名に悩んでいた。数分だけ考え一度だけ首を縦に揺らすと。
「うん、こいつの名はカモニアシ」
「それはどうなの」
と、更上磨土なんかは異を唱えた。
「いいじゃん、分かりやすくて。あ、カモアシなんてのも」
と、ランジェス本人が選択肢を増やした。
「えー、可愛くない」と磨土。
「俺が基準なんじゃい」ランジェスは受け付けない。
それならと磨土も構わなかった。
「じゃあカモアシ」
ランジェスはそう言うと顔全体で笑った。張る胸に不満は何もない。気になるのは二人の仲間のことだけ。
翼の箱を降り、
「あとは歩くだけ」
とのベージエラの声を聞いた時、羽拍友拓が皆より前に進み出て、振り返った。
「俺、みんなに言わなきゃいけないことが」
「羽拍くん?」
ベージエラは首を横に振った。
「俺、脅されてた! 天前先生に封印の羽根の見極め方を俺経由でなら教えるって言われて、その条件の……全員の情報を売った!」
「は? お前! お前のせいか、もしかして! そのせいで二人さらわれたかもしれないんだぞ!」
氷手太一が熱くそう言った。するとベージエラが。
「こら、突っかからないの。この子にも、親や弟の命が懸かってたのよ」
「くっ……そ、そうか……そうだよな……そうだけど!」
太一は遣る瀬無い気持ちを地面にぶつけた。
立山太陽は推理研究部の勘を活かし、分析していた、そしてそれを言葉に。
「道理で三十人って厳密に指示されたワケだよ、天界の人は二十九人だと思ってるんだろ? だよな? 形快が千波にしたことは、俺達以外じゃ、神様と先生だけの秘密になったはずだ。そうだろ」
「それは俺じゃない……けど」
「は?」
違うと言った友拓に太一がそう言って顔をしかめた。
「言ってやるなよ、もう」
とは、遠見大志が言った。
「いや俺はそういう意味で不思議がったんじゃない……でもまあ、分かったよ、突っかかりはしない」
太一がそう言ったのとはあまり関係なく、和行も口を動かした。
「先生、分かってたんだな、というか勘付いて羽拍に聞いたのか」
ベージエラは肯くだけだった。
そこで、友拓に対して和行が質問を投げた。
「まだ、脅されてるのか?」
「……それが、俺はもう、その脅しからは解放されて……家族は無事で」
そう聞いた晴己は、安心が少しだけでも胸に降り積もるのを感じ、皆に向けて話し始めた。
「じゃあ、千波さんと大月さん、両方とも助けよう。みんなで。しっかりと。みんなの手で。羽拍くんもだよ?」
友拓に向いた晴己の言葉を、彼自身、真正面から受け止めた。目に何かが滲むほどに。
「……ああ。ああ! 絶対に!」
翼のバスのポートから大分歩いた。もうすぐだ。
と、彼らが信じる道を歩く途中――晴己は倒れた。
「……! 形快! おい! 聞こえるか!」
見状嘉烈が駆け寄り、晴己の体を揺らした。が、晴己は起きない。
「みんなに活入れた本人がこれかよ――」
「おい不動!」
見状嘉烈の怒声が響いた。
「だからだよ。労わってやるべきだろ。あんなに大勢に力を託したんだ、俺にも! あいつにも!」
今屋村キンを一瞬だけ指差し、その手を下ろして嘉烈は続けた。
「俺達は見合うほどのことをして返すんだ!」
「おお! そうだ! やったるぞ!」
そう言ったのは、目淵正則だった。
晴己を遠巻きに見ていた不動和行は、
「……そうだな」
とだけ、静かに零した。
「ここね」
指定の廃ホテルに到着したことを伝えたのはベージエラだった。彼女は目の前のまあまあ古い建物がそうだと知っていた。
晴己を背負っていた見状嘉烈は、彼を下ろし、寝かせると、力を使った。
『消耗度をすり替える』
先程、晴己からもらった力。晴己の疲れを、別の、そこら辺の石なんかに移せはしないかと。
すると、すぐそこの大きな石が、突然爆発するように割れた。
(こんなに)
嘉烈は、眠り続ける晴己をしばらく見詰めてから、建物の方を向いた。
そこで、時沢ルイが発言した。
「私、ここにいるよ。入れってことになっても、誰かの後ろにいる」
「一番後ろは危ないよ」海凪麦が言った。
「ん、じゃあ、それよりも少し前」
との会話があってから、ベージエラも、
「私もここにいる」
と。彼女は晴己のことを心配した。
運転手は戦力外。なので入らない。
ベージエラ、時沢ルイ、運転手の三人を、横たわって動かない形快晴己の横――入口前に残し、ほかの全員が、入っていく。
直後。
建物が消えた。
「え?」
「ちょっと……なんで!」
ベージエラは、呆気に取られていて、ルイの疑問に答えることもできないでいた。